ほんの一時間前まで
ほんの一時間前まで 笑っていたのに
ほんの一時間前まで 温かかったのに
ほんの一時間前まで 君は息をしていたのに
ごめんねごめんね!ホントに。
全然!私の方こそ本当にごめん。急にこんなこと言い出しちゃって。
いいの!私が悪いんだから。そんなに謝らないでよぅ。
でもこんな遅くにこんなことさせちゃってホントに……。
長い間、言い争いのように、我よ我よと「責任」の所有者になろうと気を使い合う小学生がいた。
小学校5年生くらいのこの少女たちは、真っ暗な住宅街の中にいた。
二人ともこれでもかというほど真面目そうな顔つきだ。
髪を縛り、赤いワンピースを着た女の子は、CDの入った紙袋を持っている。
髪が長く、緑のフリースを着た女の子は、その紙袋を見つめ、そして赤い少女の顔色を伺っている。
ホントにごめんね。田舎に帰るのが急遽明日からになっちゃって。
いいのいいの。おばあちゃんの具合が悪いんでしょ?急遽ってのも仕方ないし。
今日を逃したら随分先になっちゃうもんね。
それに、ずっと持ってくるの忘れちゃって、学校に持ってこなかった私がいけないの 。
そんなことないよぅ。私借してもらう立場なのに!持ってきてもらっちゃって……
でもほら!このCD聞いて元気出して!おばあちゃんきっと大丈夫だから。
……ありがとう、ゆうちゃん。
いいのいいの。岩城(いわき)さんは私が転校してきて、初めてできた友達だもん。
これくらいのことしなきゃ!
そんな!ゆうちゃん……私だって今までずっと友達と呼べる人なんていなかったんだよ?
私こそ、こうやってゆうちゃんとCDとか貸し借りしたり……お話しできてスゴイ嬉しいよ。
岩城さん……
あ、ごめんね!こんなとこじゃなんだし……うち上がってく?
えっ?!いいよいいよ!だってもうこんな時間だし。お家の人にも迷惑でしょう?
うちは全然大丈夫だ よ。寒いでしょ?中入れば?
全然 大丈夫!あ、でも岩城さん寒い?
ううん!私は平気!えっと……じゃぁちょっとまってて。マフラーとってくるね。
うん、わかった。
そういうと岩城という少女は自分の家の中へ入っていった。
のこされた「ゆうちゃん」は、息が白いことを確かめるように、ため息をついた。
目がうつろになるほどの、深い深い、ため息。しばらくして、岩城が帰ってくる。
マフラーを巻いて、右手にはもう一つ、マフラーをもって。
ゆうちゃん、お待たせ。ごめんね。
ううん。全然大丈夫だよ。
はいこれ。ゆうちゃんのぶんのマフラーね。お母さんのだけど……いい?
えっ!本当に?!でも悪いよ……
大丈夫だよ!あ、でもこんな色いやだった?うちのお母さん趣味が悪くて……
そっそんなことないよ!すごいいい色だよね……この……金と黒の動物的な……
ごっごめんね、ヒョウ柄で……なんていうか……ホントにお母さん動物好きなんだ。
い、いいことだと思うよ!優しいお母さんなんだね!
うん。他にも……シマウマとキリンと虎と、ワニと蛇と猫が好きかな。いっつも一緒にいたいみたい。
いいお母さんだね……
うん。ごめんね……
な、なんで謝るの!?岩城さん全然悪くないよ!……なんかごめんね。私墓穴掘ってる感じ……
そんなことないよ、全然!あ、わかった!
じゃぁこのヒョウ柄のマフラーを私がするから、ゆうちゃんはこっちの私のマフラー使って!
そんな!大丈夫だよ、私もヒョウ柄好きだもん!
だって悪いもん、こんな悪趣味なものゆうちゃんに使ってもらうわけには……って今のは違うの!
別にゆうちゃんが悪趣味ってわけじゃないからね!お母さんの選ぶヒョウ柄が悪趣味ってだけで……!
わかってるよ!大丈夫だよ、ごめんね。私も紛らわしいこと言っちゃって。
ゆうちゃんは悪くないよ!私が勝手にごたごたやってるだけだし……じゃ、じゃぁ、こうしよう!
私もマフラーしない!そうすればいいよね!ごめんね。
でもそれじゃぁ岩城さんが寒いでしょ。だめだよ。
全然大丈夫!ちょっとまっててね。ごめんね。
う、うん……
また家の中へ入っていく岩城。
そしてまた目がうつろになるゆうちゃん。
遠くの方で、犬の声がしたらしかったが、ゆうちゃんは全く関係ないと言った様子で、
目を細くしてまたため息をついた。やがて岩城が戻ってくると、うつろな目は、ぱっと花が開いたように大きくなり、
今まで閉ざされていた口は、にこっと華やかな笑顔になった。
ゆうちゃんお待たせ! ごめんね、なんか。逆の気使わせちゃったみたいで。
ううん。全然。
……
……
あ、あのさ、ゆうちゃん。
えっ?なに?
あのね、私……今日ゆうちゃんに相談しようと思ってたことがあるんだ。
なになに?どうしたの?
うん。私……さ。結構小学校でも友達がうまくできなくって。
そんなことないよ!岩城さん、今日もみんなと学校で楽しそうにしゃべってたじゃん。
しゃべることはできるよ。ちょっとは。でも……どうしてもそれ以上はないんだよね。いっつも。
それに……みんな私のこと名字で呼ぶんだよね。
ホントは……ひろみって。下の名前で呼ばれたいんだけど。
……
そんなに仲良くなる友達が今までいなかったの。
……
だから……こうしてさ、友達が私の家まで来て、こうやってお話しすることなんて……なかったんだ。
岩城さん……
だから今、すっごくうれしいの!うん。それでね。教えてほしいんだけど……
うん。
どうしたら……友達がたくさんできるのかな?
ゆうちゃんが、友達?と聞き返した丁度そのとき。
ゆうちゃんの緑のフリースのポケットが震えた。
携帯電話が震えたのだ。携帯の液晶をみたゆうちゃんは、さっき岩城がいなかった時のような冷めた目になった。
ゆうちゃんは「ちょっとごめんね」と言って、岩城から4、5メートル離れたところで、電話に出た。
そこから長い時間が流れた。
時々ゆうちゃんの怒ったような声が聞こえてきて、その度に岩城はビクビクしていた。
寒空の下で、4、5メートルしか離れていないはずなのに、二人の距離はその時間と同じく長く感じた。ようやくゆうちゃんがこちらを振り返った。
岩城の顔はぱっと明るくなる。
ゆうちゃん、どうしたの?長かったね。お母さんから?
……
やっぱりもう遅いから心配してたのかな……ごめんね、そろそろ帰らなきゃだよね。
ねえ。
ゆうちゃんはまた冷たいまなざしを岩城に向けた。
話し続ける岩城を遮るように強く、「ねえ」と。
ん……なに?
そのCD返して。
えっ……CD?どうして?
……どうしてって。貸してあげられなくなったの。
あ……そうなの。どうして?
……
ゆうちゃんは面倒くさそうにポストの上にあるCDを奪い取りながら言った。
もうあんたと仲良くする必要がなくなったからだよ。
……え?
仲良くする必要がなくなったの。私、また転校するから。
……
今度はゆうちゃんが話し続ける番だった。
お父さんが転勤族だっていったでしょ。1週間後にまた転勤なの。
あんたにはもうこの先会わないし、学校にも行かない。
だから私があんたとこうして友達ごっこする必要もなくなったの。
わかった?
岩城はゆうちゃんの冷たい目をずっとみていた。
そんな……信じられないよ。ゆうちゃん!
信じなくていいよ。べつに。友達じゃないんだし。
だいたいさ、あんたには席が隣だったから友達してやっただけなんだよ。
そうじゃなかったらこんな気使い過ぎの女と一緒にいるわけないじゃん。体力と気力の無駄だし。
私はたんに、「学校」っていう場所で、一人になるのが嫌だったの。
一人になると、何かと面倒でしょ?学校はどうしてもグループを作りたがるもの。
なにか発表するときだって、授業中だって、二人組を作ったりするじゃない。
あぁいうとき、一人余る悲しさってわかるでしょ?あんただって。
私はその敗北感がいやで、こうしてあんたと友達をしてやったのよ。
そんなの……知らないよ!友達だよ!ゆうちゃんは!
別にいいよ、あんたは友達と思っててくれても。でも私はあんたのことなんて忘れるから。
私はこれからもたくさん転校して、こうして友達を作って、友達を壊すんだから。
いちいちあんたなんて覚えてたら、次の学校で上手くやっていけないもの。
じゃぁ……わたし言いたいことと言ったし、帰るから。じゃぁね。
ゆうちゃん!ちょっとまって!!
あ。そうだ。教えてあげようか、友達のつくりかた。
え?
私みたいに、ずっと笑ってればいいのよ。うすっぺらの友情なら、私みたいなだれか買ってくれるかもよ。
うすっぺらな友達だったら、今みたいに裏切られるかもしれないけど。
そういうとゆうちゃんは、くるっと振り返って歩き出した。
じゃぁね、「岩城さん」!
あの寒い夜から、一週間が経った。
ゆうちゃんは、冷めた顔のまま、新幹線を待っていた。
横には、お父さんとお母さんが大きな荷物をもって立っている。
駅内にアナウンスが流れて、新幹線がまもなく到着することを告げた。
ゆうちゃんは新幹線の起こした風によろめきながらも、その表情を変えることは決してしなかった。
新幹線が停車して、ドアが自動で開いた。
たくさん人が出てきて、お父さんと、お母さんが乗車した。
ゆうちゃんが新幹線に乗ろうと、手すりに手をかけた、そのとき。
1週間ぶりの、うすっぺらの友達の声がした。
ゆうちゃんは、思わず動きを止めた。
ゆうちゃん!ゆうちゃん!
……
岩城はゆうちゃんの姿を見つけると、こちらに向かって走り出した。
新幹線のブザーが鳴って、アナウンスも流れた。
ゆうちゃんのお母さんは、急いでゆうちゃんの腕を引っ張って、ゆうちゃんを新幹線に乗せた。
ゆうちゃん!ゆうちゃん!
……岩城……さん
岩城がゆうちゃんのいるドアのところに追いついた。
それと同じくらいに、新幹線のドアも閉まろうとしていた。
岩城は走りながらドアの隙間から、うすっぺらの手紙を投げ入れた。そして、さけんだ。
ゆうちゃん!友達だよ!!
走り出した新幹線。
もう岩城の姿は見えなくなってしまった。
投げ入れられた手紙を見つめるゆうちゃん。
表情を冷たく保つことが難しくなってきたようだった。手紙を拾い上げて、そっと開いた。
ゆうちゃんへ
ゆうちゃん、この前は本当にごめんなさい。
ゆうちゃんが転校しちゃうって聞いて、それだけでショックで、何も言えませんでした。
ありがとうとか、さようならとか、またねとか。そういう言葉が言いたかったのにな。
ゆうちゃんが言った言葉を、もう一度考えてみました。
友達ごっこってゆうちゃんは言ったけど、私は絶対にそうは思いません。
短い間だったけど、私達はちゃんと友達でした。
それから、このことをお母さんに相談してみました。
お母さんはゆうちゃんと同じ転勤族で、何回も何回も転校していたんです。
そしたら、「お母さんもゆうちゃんと同じよ」って言っていました。
ゆうちゃんは、転校するたびに、転校生って言う特殊な位置にいなくちゃいけなくって、
そんな環境の中でやっていくには、みんなに愛想をふりまいていないとダメだったって言ってました。
そういえば、クラスのみんなが、ゆうちゃんのことを、八方美人って言ってました。
私は、「美人」っていうから、てっきりどこからみても美人だなっていう意味の褒め言葉だと思っていました。
それもお母さんに聞いてみたら、ただの悪口だってわかりました。
でも、ゆうちゃんは完璧な八方美人を演じていて、私はそれにまんまと騙されました。
そして、本当のゆうちゃんを見ることができました。
思っていたより冷たい目をしていたし、全然笑っていないゆうちゃんだったけど。
ほんの一時間前まで、あんなに優しくて、あったかい笑顔だったのにって思ったけど。
なにもかもあきらめましたっていう感じの……死んだような顔だったけど。
それでも、最後に本当のゆうちゃんを見れて良かったです。
どんなゆうちゃんも、私は大好きです。
ゆうちゃんが教えてくれた友達の作り方、私はあの日以来、実践しています。
ゆうちゃんみたいにかわいく笑えるようになるまで、まだまだ修行頑張ります。
最初はうすっぺらの友情でも、だんだん分厚くしていくつもりです。
最後に、ゆうちゃんが次の学校でも、また次の学校でも、八方美人でいられるように、祈っています!
次の学校で、影で八方美人って悪口言われても、
私みたいに「どっからみても美人」って意味に考えてみるといいかもしれないです。
では。また会えるのを楽しみにしています。
p.s ゆうちゃんの貸してくれるはずだったCD、買いました。やっぱりゆずは最高だね!
岩城ひろみより
ゆうちゃんは、新幹線のドアの前で、うずくまって手紙を読んでいた。
新幹線の音で、その声は聞こえないかもしれないが、確かに口は動いていた。
泣きながら、顔をぐちゃぐちゃにしながら、口を開いたゆうちゃん。
ひろみ……ごめんね。
ほんの一時間前まで 笑っていたのに
ほんの一時間前まで 温かかったのに
ほんの一時間前まで 君は息をしていたのに
close
| SEO | [PR] 花 新曲 CD 芸術 | 無料レンタルサーバー ブログ blog | |