サイクルが乱れ始める。
そう感じ始めた神は、人類の様子を伺う。
豊かさを手に入れようとする人類の罪を問う。
人に火を与えた者を罰する。
火は豊かさと同時に、高みに登る者と地べたを這いずり回る者とを生む。
この格差は、今、この時代になっても衰えることがない。
その地べたを這いずり回る者が、この私自身なのかもしれない。

 

目を細めてもまぶしい太陽の日々が、ここ二、三日続いていた。
もう夏だというのに、夕立が来る気配も、台風が来る知らせもない。
雨は降ったら降ったでうっとうしいが、こうも毎日暑いと、そんなじめじめした日々が懐かしく思われる。


快晴だった。
学生のとき授業中に見た青空によく似ていた。
退屈な授業を右の耳から入れて、それと同時といってもいいほど的確に、素早く左耳から出すという作業を無意識的にしていた。
なにも考えずに、ただ空を見上げていたあのころ。
今となってはもう戻れない、永遠の過去物語。思い出話。

 


私は黒い鞄を脇に抱え、少し早歩きで街の空気を切っていた。
切られた空気は、私の後ろでしっかりとまたくっついて、また誰かが通るのを待っているかのようだ。
暑い空気を纏っているからか、背中にはうっすらと汗がにじみ出てきた。
歩くだけで、そこにいるだけで汗が出てくる。
イライラしてかんしゃくを起こすきっかけにもなるが、生きているという実感がわいてくる瞬間でもある。
汗をかくことは、嫌いじゃない。

沢田美香子、25歳、夏。
私は高校を卒業した後、すぐに結婚した。
それからすぐに子供ができて、スピード離婚。
9歳離れた夫は、子供ができてからというもの、酒癖が悪くなり、機嫌の悪いときには度々暴力を振るった。
そんな状態の中育てられた私の一人息子、翼。
翼はそんな父親を見て、心を完全に閉ざしてしまった。
翼が2歳のころ、父親に「遊んでほしい」とせがみ続けたところ、父親は「黙れ」と冷たく言い放った。
そんなこともあったからか、次第に口数も少なくなり、ついには口が利けなくなった。
話すことを恐れているのか、わすれているのか。
あの頃の私は、ただただ、夫に怯えるだけで、翼をちっとも守ってあげられなかった。
だから今はこうして、もうすぐ6歳になる翼に、毎日しゃべりかけている。
答えは、首を縦に振るか、横に振るか。
それでも翼は、笑うことをわすれてはいなかった。

 

幼稚園から帰る途中。
仕事が終わると、毎日送り迎えをしに行く。
翼にいつも聞く質問。


「今日は幼稚園楽しかった?」


翼はにっこり笑って、首を縦に振る。
それから、いろんな質問をする。


「お弁当おいしかった?」
「今日はかけっこどうだった?」
「先生にはちゃんと挨拶できた?」


全部、イエスかノーで答えられる質問をする。
私たちはこういうやり方でコミュニケーションをとるより他ない。

 

家に帰ると、翼は幼稚園バックを放り出して、テレビのある方向へまっしぐら。
大好きな戦隊物のビデオを見るのが、翼の日課だ。
毎週日曜日の朝に録画して、それを一週間毎日見て、ポーズから何から何まで真似する。


「翼、手は洗ったの〜?」

部屋に入ると、翼はもうビデオデッキに戦隊物のビデオを押し込んでいた。
押し込んだかと思うと、急いで手を洗いに洗面台へ行き、大急ぎで戻って、スタートボタンを押した。


我が息子ながらなれた手つきだ。それから30分間、私も翼と一緒にビデオを見た。
ボーっと何も考えずに目だけをテレビに向けて、時間が過ぎるのをただ待つという感じで。
『来週もまた、見てくれよな!』のテロップが出たと同時に、私は自分の中のスイッチを押す。


「さっ!翼。シャワー浴びてきなさい。あがったらご飯にするわよ」


またにっこり笑って首をたてにふった翼。トタトタと風呂場に向かっていった。
私はその後姿を見送ってから、ニュースを見ようと、入力切替ボタンを押した。
いつもの夕方のキャスター陣が顔を出した。


『明日のお天気、高梨さん、お願いします』


天気予報を聞きながら、キッチンに向かう。
今日は昨日の残りのカレー。昨日はカツカレーだったから、今日はちょっと味を変えて野菜カレー。
翼の大好物はだいたいが経済的だったりするのだ。
二日目のカレーを温めようと冷蔵庫を開ける。


『えぇー・・・台風15号が沖縄列島に近づいています』


胡散臭い分厚い顔の気象予報士がテレビに映っている。
私は一度動きを止めて、その服装のセンスに眉をひそめた。


『この台風15号は大変強い勢力を保ったまま、関東地方にも上陸することが予想されます。明日からしばらく雨が続くでしょう』


「雨・・・か」

ここ最近雨なんて降っていなかったし、ちょっと恋しくもなっていたところだった。
私は結構昔から、雷だとか、地震とか台風とかにはあまり恐怖を覚えたことはなかった。
学生のとき、雷が鳴って、同級生がギャーギャー騒ぐのを細い目で眺めていたようなヤツだった。
台風と聞いて、なんだかわくわくしてくるという気持ちも、少なからずある。
今週末は仕事も久しぶりにないし、翼と家でゆっくり過ごそう。

 

 

 

 

 

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