私より先に翼が都築さんの元へ走った。
この短時間でそんなに仲良くなってしまったのか。
なんだか不思議な人だ。
都築さんのいるテーブルにたどり着く。
どうぞ、といわれ、言われるがままにイスに座る。
翼も隣のイスに腰掛けた。
「さっきも言ったが、今日は実に楽しい時間を過ごさせてもらった」
「どういたしまして」
翼も一緒に頭を下げる。
「そうだな……これを数値化すると、30%と言ったところか」
「数値化?」
「えぇ。私の感情の強さ。今は楽しさ。100%が最高だとして、30%」
「低いじゃないですか」
「まぁ私は平熱が低いもんでね。いつもは10%未満がいいとこです」
「なんで”%”なんですか?」
都築さんは相変わらず鮮やかな手つきでカードで手遊びしていたが、 目だけをこちらに向けて、言った。
「『雨降り屋』ですからね。湿度とでも言っておきましょうか」
「湿度?」
「高ければ高いほど、”水”に近づく。湿度100%で、”水”つまり、涙となる」
「……」
「私はね、”涙”ってのは、 その人間の湿度が100%を越えたとき出るものだと思ってるんですよ」
トランプを操る手は別の人の手のようだったが、目だけは私をしっかり見ていた。
都築さんはゆっくりと、長々と話しだした。
「例えば、親しい誰かが死んだとき。 悲しくて、涙が出る。それはその人間の感情が100%を越えたからです。 そして、その感情は記憶される」
「記憶……」
「そう。悲しみの記憶は、人間の中で一番強く残る記憶。 それだけ、重く、密度が高く、そして価値がある」
都築さんは手を止めて立ち上がった。
窓の近くまでつかつかと歩き、窓枠に手をかけた。
外を、遠くを見つめている。
「悲しみがあるからこそ、人間は大きく成長する。 悲しみを乗り越えることで大きくなれる。だから価値がある。 そしてこの雨降り屋は……その悲しみの記憶を、形に変えることができる店なんですよ。」
「形……って?」
「価値のあるもの……つまりお金ですね」
「記憶を、お金に?」
「そうです」
「どうやって?」
都築さんはクスッと笑って、私達二人を見つめた。
「びっくりしたでしょう。おもしろいでしょ、この話し」
「な、なんだ。冗談ですか」
「いや、残念ながら冗談ではないよ。でも面白いでしょう」
「え……いや面白いですけど」
私は口ごもってしまう。
冗談じゃない?記憶をお金にする?
なんのために……?
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