「聞きたいことは山のようにあるでしょうが、話しを元に戻します」
「……はぁ」
「記憶を、お金に。それは、あなたたち客にとってすごくいい取引です。 なぜなら、自分の悲しい記憶を失うと変わりに、お金が手に入るんですから」
「……」
「忘れたいことを忘れさせてくれて、しかも金が入る。こんなにいい話し、ないでしょう」
「……」
都築さんはいちいち私の反応を伺いながら話す。
私は……なんて言ったらいいのかわからず、ただ彼の話しを聞くしかなかった。
「でもね、代償もある。世の中そんな上手くできてないってやつだ」
またコツコツと移動して、私達のいるテーブルに戻ってくる。
トランプを手にして、またシャッフル。
「悲しい記憶をなくした場合、その人にとって一番残酷な、現在が待っている」
「……」
「そもそも記憶をなくすというのは、その悲しい出来事がなかったことになるということだ。 その出来事が大きければ大きいほど、未来の『自分』に支障が出てくる。絶対にだ」
「それは……タイムトラベルとかそういう類いのものなんですか?」
「食いついてきたな。いや、違うよ。記憶をなくすだけ。 その記憶を、雨降り屋が買い取るだけだ」
「記憶を、買い取る……」
いつの間にか翼は寝ていた。
楽しい時間と言われて、何を想像していたのか。
多分なんとかレンジャーのことだろう。
「仮に、私がその話しを信じたとしてください」
「えぇ。どうぞ」
「その買い取った記憶を、都築さんはどうするんですか?」
「なるほど。いい質問だ」
都築さんは本当に機嫌が良さそうに笑った。
「私はね、大きくなりたいんですよ」
「大きく?」
「サイズじゃなくて、中身の方をね」
「あ、あぁ……」
「心を強く持ちたい。どんなことがあっても、揺るがないでいたい。 ……そうなりたいと、人一倍思うんですよ」
「……哲学ですね」
「どうとってもらってもかまいませんよ」
私はクスッと笑って、トランプを手に取った。
都築さんはそれを見て、また少し笑う。
「そのトランプはね、私の商売道具なんだ」
「商売道具?マジシャンですか?」
「まぁ、そんなところだろうね」
「そんなところ?」
「記憶を消すことができるんだ。マジシャンにそう変わりない」
「マジシャンにそんなことできないですよ」
「確かに……まぁ、腕のいいマジシャンってことにしといてください」
「……フフ」
都築さんはまた立ち上がり、うんっといいながら背伸びした。
これで天気がよかったら爽やかな図になっていたかもしれないが、 湿気がむわっと後から付いて、どうにも腑に落ちない。
それでも、都築さんの横顔は晴れ晴れとした笑顔だった。
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