14

 

 

「さて。もう一つはなしておこうか」
「まだあるんですか?楽しい話し」

「まぁ、ここから先は、信じても信じなくてもどっちでもいい」
「今までのも信じてませんけどね」

「どっちでもいいっつってんだろ」
「はーい……」


だんだん都築さんの扱いに慣れてきた気がする。
この人のリズムがわかり始めたってところだ。


「……もう一つは、この雨降り屋のことだ」
「はい」

「この雨降り屋は、その名の通り、雨の日にしか現れない」
「え?」

「なんでだかよくわからないんだが、雨の日しか、開店しないんだ」
「どういうことですか?」


「場所は同じでも、違う次元なんだ。雨の日と、晴れの日」
「じ、げん?」

「まぁ、難しいことはわからない。俺も」
「……」


思考回路がショート寸前とはよく言ったものだ。
まさにその状態だった。
「晴れの日は、また別の男がこの店をやってる。普通の喫茶店だ」
「……」

「雨の日は、この通り、俺が経営する。そこも結構不思議な話しだろ」
「ふ、しぎですね」


都築さんは私にはおかまい無しに話し続ける。


「だから、俺と会いたきゃ、雨の日に来ることだ。晴れの日に来ても俺はいないから」
「……わかりました」

「ホントにわかった?」
「はい」

「モノ解りいいね、奥さん。俺なんか未だに理解できない」
「理解っていったって、そんな難しいこと私だって理解してませんよ」

「理解していない?」
「……はい」

「じゃぁさっきの『わかりました』は嘘だったってことになるな?」


都築さんは急に不機嫌に唸った。
たじろぐほどの目力に、言葉を失ってしまう。
そんな、『嘘』を言おうとして言ったんじゃない。

「別に……そういう意味でいったんじゃないです」
「屁理屈だね。そういうのを、その場しのぎの嘘って言うんだ。俺はそれが大嫌いでね」

「そんな」
「……全く、言葉とは難しいものだな。
よく言葉の暴力なんて言うが、まさにその通りだと思うよ」

「でも、私がさっき言ったのは嘘を言いたくていったわけじゃないんですよ」
「それは重々承知してる。それでも、人に不快感を与えた言葉だ。
相手が不快感を持った時点でそれはもう暴力だ」


都築さんはやはりどこかおかしい。
哲学者。倫理の授業。そんな単語が私の頭の上を飛び交った。



「さて。この話しはもう終わりにしよう。せっかくの楽しい時間が台無しだ」
「はい……そうですね」

「楽しい時間……か。それも難しくて理解しがたいな」
「どういうことですか?」

「何が『楽しくて』なにが『つまらない』のかだ。現に翼は『つまらない』から寝ている」
「あ……なるほど」

「翼メインに礼をしたかったのになぁ。寝ちゃっちゃぁしょうがねぇ」


都築さんはとろんと覇気のない目で翼を見た。
それが素なんだろうとわかってきてはいた。
でもその瞳には、どこか愛情がこもっているようにも見えたし、
本気で翼を気に入ってくれたというのはその一瞬でわかった。




「美香子さん。翼はなぜ、言葉を失ったんですか」
「……そこに、行き着くんですね」

「そこを聞くのが普通の人間だと思いませんか?」
「そうですね」


今度は私が話す番だった。


「大まかに話すと、翼の父親は、ひどいヤツでした。
私もそれに抵抗できなくて。翼を守ることができなかった」
「なるほどね。シングルマザーってわけ」

「はい。翼は自分が騒ぐと父親に嫌われると思って、口数が少なくなっていきました。
そしてついに、言葉を発することを忘れてしまったんです」
「……ふん。まぁ、そんなところだとは思いましたがね」


今私がした話しは、普通の人だったら重い話しのジャンルに分類されるだろう。
それで、『大変でしたね』とか、『ひどい人もいますね』なんて励ますだろう。
しかしそれを『そんなところ』で済まされてしまった。

腹が立つというより、ずっこける感じだ。


「そんな……ところです」


それしか言えない自分がいた。
別に『もっとひどかったんですから!だいぶ話はしょったんですから!』
と弁解しても良かったのだが、なんだかそれも無意味だと思った。
なぜだか、無意味に感じた。




「私に言わせれば、翼は今すぐにでもしゃべることができるようになります」
「え?」




「あんたへの恩返しは終わった。今度は、翼にお礼をする番だ」



 

 

 

 

 

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