ある都会のビルの一室。

一人の女と、中年の男性が細い光が差し込む部屋で黙りこくっている。
女は男を真っ直ぐに見据えて、気の弱そうな男はこわごわと女の顔色を伺っていた。
そのまま時は止まって動かないかのように見えたが、女が不意に、窓の外へとゆっくり目を移した。

男はやっと息ができるとでもいうように、肩の力を抜いた。
男のシルエットでそれを伺えるほど、力が入っていたようだ。


女は男の目も見ずに口を開いた。



「それは……もう決定したんですか?」

男は少し目を泳がせてから、やっぱり顔色をうかがいつつ、乾いた声を出す。

「上からの、命令だ。動かない。私も……努力はしたんだ」
「わかっています」

「すまない……これを君にさせるのは酷であると充分わかっている」
「わかっています」

「でも彼女は、君の部署。君から告げなければならない」
「はい」



相変わらず、うっすらと汗をかきながら、男は目を伏せる。
女も変わらず前を見据えて動かない。



「これは……会社の方針。私には曲げられない」
「わかっています!」

「それじゃぁ……」
「できません!」



女はついに男の目をしっかりととらえ、男はとうとう完全に身動きできなくなってしまった。
女の目はうっすらと涙が見え隠れして、男はそれを見ると、つられるように眉を傾ける。


「彼女は我が社の大切な社員であり、私の部下であり、親友です!そんなこと、私の口からはとても……!」
「わかっている」

「それなら!なぜ私にそんな役を……?」
「会社が決めたことだからだ」

「そんなの……!」
「君も私の部下なら、私の命令に従うべきだ」




男は無理矢理に体を動かして、目を合わせないまま、イスにどっかりと座った。
その動きは人間というよりロボットのようで、動揺を隠せない様子が丸見えだった。

「とにかく……これは君の仕事。今週中には、頼んだよ」
「……」

「清水くん、わかったか?」
「……失礼します」

清水と呼ばれた女は、暗い部屋を足早に出て行った。
残された中年の男は、すぐにイスから立ち上がり、女の後ろ姿を見送ると、窓枠に手をかけた。
高いビルの上から見渡す景色を、虚しそうな目で一通り見渡す。


はぁ、と大きくため息をしてから、男はイスに座って、やっと汗を拭き始めた。








日がまた昇り、朝が来た。
翼のお弁当を詰め終わり、翼と一緒に家を出る、いつもの朝。

幼稚園バスが来る道まで、手を繋いで歩いた。
特に話はしなかったけど、翼はいつも通り、笑っていた。




私達の運命を大きく変える日。それが、今日。7月21日だった。

その日はあまりにもいろいろなことがありすぎた。
人間は、どこまでを現実として受け止められるのだろうか。
私自身は、その現実を、どう受け止めるのか。

今でもこの悪夢が蘇る。




あの、何もかも失った、7月21日のことを----------……

 

 

 

 

 

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