暗い旅路をゆくのは私の運命なのかもしれない。
この長い道を、明かりもないのに歩き続けなければいけない。
幻を見るほど辛く、暗く、寂しい。
それでもこの道は幻じゃない。私は、歩かなければいけないのだ------------------






「こんばんは」
「あ、翼くんのお母さん。こんばんは」


幼稚園に着いて、先生にお辞儀をする。
もう涙はカラカラに乾ききって、目だっていつもと同じにまでなっていた。
ただ、ちょっとだけ鼻水が出る。



「翼くん、あっちの教室でまだ友達と遊んでいるみたいです」
「そうですか」

「じゃぁ……今朝のお話の続き、よろしいですか?」
「はい。わかりました」



今朝言われた先生の意味深な言葉。
お迎えの時に……だなんて。そんなに時間のかかることなのだろうか?


小さな幼稚園のテーブルとイス。
丁度バスのタイヤの真上に座っているような足の形になった。
お腹が何段にもなる、あの体勢。


「それで、今朝のお話なんですが」
「はい」

「翼くん、最近ちょっと元気がないようなんです」
「はぁ」

「なにか、心当たりは?」
「……いえ、特に」



先生はしっかりと私の目を見ながら話し始めた。


私が、いつものように翼くんに話しかけたところ、それまで元気がなかった顔が、
無理矢理笑った顔になったんです。『どうしたの?元気ないみたいだったけど』って聞いたんです。
そしたら翼くん、お絵描き帳に『げんき』って書いたんです。
とてもそうは見えなくて、『翼くん、いつも笑ってるけど、さっきは笑ってなかったよ?』って聞きました。
すると、『いまはわらってる』って答えが返ってきたんです。
そして私がまた、『どうして、今は笑ってるの?』って聞いたんです。そしたら、
『ママがしんぱいする』って……


「……」


私にはそれが、誰かと話してるときは、どんなときでも笑顔でいる。
そうしないと、相手が心配する。
ママが心配する。


僕は声が出ないから、顔はずっと笑ってなきゃいけない。
ママが心配するから……という風に思えてならないんです

「……」





「お母さん」

「はい」


「翼くんに、無理をさせてはいけません。
翼くんは言葉がしゃべれないからか、周りの子たちからいじめられているんです。
それでも、毎日毎日『今日は幼稚園楽しかった?』と聞くお母さんを安心させたくて、あんなにも窮屈な笑顔を……」

「……」


「私は、子供たちにのびのびと生きていってほしいんです。
こんなに小さいときから周りに気を使っていては、いつか体を壊すなんてこともあり得るんじゃないでしょうか」
「はい」

「私からのお願いです。決して、翼くんに無理はさせないでください」
「わかりました」





一方的な指摘が終わる。


はっきり結論から言う。
翼が幼稚園でそんなめにあってることなんて全然わからなかったし、わかったとしても……
この通り、どうしていいのかわからない。
先生は、翼が無理に笑うのは私のせいだと、遠回しだが、そう言った。


私は、5歳の幼稚園児にまで気を使わせるような、頼りがいのない人間だったのだろうか。
思えばそれは今に始まったことじゃない。
さっきだって、必要以上に由季の気を使わせて。
内容が内容だったから仕方ないけど、それでも。
由季にとって私は友達なわけだから、それを告げるのは相当辛かっただろう。
由季のストレスになっていたんじゃないか。

そう思う。



他人の心配をしている場合じゃない現状だけど、ここまでくると逆にいろんなものが見えてきた。
職を失った私には、愛する息子と、信じるべき友がいた。
それを考えると、まだ、楽になれた。









「翼。いこうか」


隣の教室から翼を呼ぶと、翼は走ってきた。
目をキラキラ輝かせて。
そのキラキラも、私を安心させる為の偽りのマスクなのかと思うと、胸が痛んだ。


「先生にさよならして」

大きくうなずいて、翼は先生に向かってお辞儀をした。
先生もいつもと変わらず、優しく微笑んで、さようならと言った。



 

 

 

 

 

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