するとまた奥の扉が鈍い音を立てて開いた。
さっきの男が帰ってきた。

男は黒い服を脱いだのか、一回り小さく見えた。
また黒のタートルネックに、黒のズボン。
見るからに、私と同じくらいの年齢だ。
肌は色白くて、どこか不健康な感じも漂っていた。


私は意を決して話しかける。

「あの、すいません。なにか食べ物ありますか?」
「あぁ、ありますよ。あいにく今はサンドイッチしか……それでも?」

「はい。二つください」
「かしこまりました」


そういうと男はカウンターの裏に回り、冷蔵庫を開け、サンドイッチを取り出した。
もう出来上がっている、立派なサンドイッチ。

しばらくして、チーンという音がして、サンドイッチが出てきた。
明らかに、電子レンジでチンしただけのサンドイッチだ。


「おまたせしました、サンドイッチ」
「……どうも」

私が不信の目で彼を見つめると、彼は私の心を正しくキャッチした。

「モトがよけりゃ、チンしたって同じだ」
「いえ……そうですね」


さっきまで紳士的に振る舞っていた男は、
痛いところをつかれたというように髪の毛をくしゃっと絡ませて、カウンターへ戻っていった。
そしてカウンターのお客側の席に座ると、どこからか新聞を取り出して、読み始めた。

翼はよほどお腹がすいていたのか、サンドイッチを凄い勢いで食べ始めた。
私もはぐ、はぐとゆっくり食べだす。
タマゴサンドと、ハムチーズ。
チンしたわりには、おいしい。



「で?今日はどうしたんです?こんな雨の中」
「え?」

「こんな雨の中を……傘もささずに来るなんて」
「……」


男の顔は新聞紙で隠れていて見えないが、私は彼の顔があるであろう一点を見て、答える。


「いろいろと……大変な一日でした」
「大変な?」

「はい。最悪の日でした」
「……」


男はちらりと私の顔を見てから、またすぐに新聞に目を移す。
また新聞を見ながら口を開く。

「お名前は?」
「あ、沢田美香子といいます」

「美香子さん……今日はなにをしにここへ?」
「え?……えっと、お腹がすいたのと、雨宿りに」

「そうですか。じゃぁそれを食べたら早く帰った方が良い。雨がひどくなるだろうから」
「はい、わかりました」

「傘はそこにあるから。持っていってどうぞ」
「ありがとうございます」


そういうと男は新聞をたたみ、また奥の部屋へ行こうとした。

そういえば、男、男と心の中で呼んでいたこの男の名前を聞いていなかった。
聞いてみようか?


「あの」
「はい?」

男はすぐに振り向く。

「お名前はなんというんですか?」
「おっと……これは失礼」

男はコツ、コツと音を立てて近づいてきた。
外の雨の音が一層強くなったような気がした。



「『雨降り屋』店主、都築智己です、よろしく」


「雨降り屋……」



手を差し出す都築さん。私はその手をじっくりと観察してから、握った。
彼は私の目を覗き込んでくる。


「じゃ、ごゆっくり」


そういうと都築さんは、奥の部屋へと消えていった。


雨は一層強くなっているようだった。



 

 

 

 

 

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