病院のベットの上に、翼が眠っている。
私は涙が乾ききった目で、翼を見ていた。
おでこに手を当てて、そっと撫でた。


静かにドアが開く音がして、病院の先生が入ってきた。


「お母さん……」


先生は、しわくちゃなおじいさんで、そのシワの量が、経験の多さを物語っているようだった。
後ろから若い看護婦も入ってきて、静かにドアを閉めた。


「翼くん……よくがんばりましたよ」
「……」


ゆっくり歩み寄ってくる先生。
横のイスに腰掛けると、私の顔を覗き込んだ。
また、涙が出そうになった。


「そんなに泣かないで。助かったんだから」
「……っ」


乾ききったはずの涙が、またあふれてきた。
先生に背中をさすってもらいながら、何にもかまわず泣いた。
何度も、何度も。

翼の名前を呼んだ。




翼は、奇跡的に助かった。
バイクに当たったのは左腕だけで、激突はしなかったのだ。
しかし、その衝撃で、ガードレールに頭を強く打ち、気を失っていた。
左腕を骨折して、頭に包帯がグルグル巻きにされた状態。
命に別状はない。

しかし翼の右手には、しっかりとタンポポが握られていた。
私は、その小さな手を、ずっと握りながら、眠りに落ちた。


ベットの横の棚の上には、二輪のタンポポが飾られていた。







「美香子!」
「あ……由紀」

「翼くん、どうなの?」
「うん。もう落ち着いてる。今日退院したの」


「……そう。よかったね。本当によかった」



由紀は涙目になりながら駆けつけてくれた。
仕事も忙しいだろうに……私のために時間を作ってくれた。
もうそれだけでうれしかった。


「で……その翼くんは?」
「あ……うん。退院祝いに、サンドイッチが食べたいなんて言い出して。
近くの喫茶店で食べてる」

「え?いいの?一人にしちゃって」
「大丈夫。店の人が面倒見てくれるって言ってくれてるの」




翼は、あの日食べたサンドイッチが忘れられなかったのか、
また食べたいなんて言い出して、病院から直で『雨降り屋』に行った。
途中からまた雨が降り出して、傘を持っていなかった私達は、走って店に向かう。
翼ももう走れるくらいまで回復していて、本当によかった。


雨降り屋は、その名のごとく、以前と同じようなじとっとした空気をしていた。
木造のためか、壁が雨水を随分吸い込んでいるようだった。
テーブルもなんとなく湿っていて、年季が入ったように見える。


都築さんが奥の部屋から出てきて、


「おや……また来たのか」


といって、また新聞を広々と広げて読み始めた。
オーダーをとる気はないようだった。


「あの……サンドイッチひとつ」
「……」


しばらく私の顔を見つめた後、はい、と小さく返事をして、カウンター裏へ向かう都築さん。
翼と私はしばらくそんな彼を見ていた。



しばらくして、私の携帯が鳴った。
由紀からだ。

心配だから直接あって話せないかと言ってくれた。
事情を都築さんに話すと、

「じゃぁ、彼は預かりましょう。1時間ほどでいいですか?」


充分です、といって、私は雨降り屋を出た。



 

 

 

 

 

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