トランペットを吹く少年の物語






第9話





「おつかれさまでしたー!」





そろって頭を下げるチームメイト。

監督はにっこり笑って、



「おつかれ。」





監督が背を向けた瞬間。



わぁっと歓声が聞こえる。





「理緒っちょ先輩!!県大ですよ!県大!!」

「やったねー!理緒〜っ」







泣きながら抱きついてくる春菜と夏希。

みんな涙もろい。

みんなが、泣いてる。



うれしくて。





「ありがとう。理緒。ナイスピッチだったよ。」

「…ありがと。」







私もちょっとぐっと来た。

部長も、涙を流しながら私にお礼を言う。

私は、最低限の事をしただけだよ。































「さぁ、みんな。次は県大会だからね。今までみたいには行かないよ!」

「はい!」

「今まで以上に気合いいれてくぞ!」

「おーぅ!!!」





笑い声。

私も一緒にみんなと笑った。

泣いた。





一年生には、私達の姿、どう映ったかな…?

私が一年生だった頃見た、先輩たちみたいに見えてるかな…?

私達を見て、「自分もあんな風になりたい」って思ってくれてるかな…?





もしそうだったとしたら、こんなに嬉しい事はない。













みんなニコニコしながら電車に乗って帰った。

周りの人は変に思ったかもしれないけど。

それくらい嬉しかった。







「じゃぁ、ここで解散。おつかれさま。」

「おつかれさまでした。」

「明日、あさっては部活無しだけど、明後日からまた県大に向けて練習するからね。忘れないで。」

「はい!」



「じゃぁ、気をつけて。かいさーん!!」





















「理緒ー。帰ろー。」

「あ、夏希……」



「ん?帰ろ。」

「えーっと…ちょっと先行ってて。私学校に忘れ物しちゃったんだ。」



「忘れ物ぉ?なんでまた。」

「宿題。とってこなきゃヤバい。」



「げっ!?宿題なんてあった?!」

「ばか。夏休みの宿題だよ。」



「あっ!やっべぇ私もまだだよ!早く帰んなきゃ!」

「うん。だから先帰ってて。」



「あ〜…そうねぇ。じゃぁ…お先に。」

「おつかれ。」



















夏希がくるりと振り返って改札口へ行くのを見届けて、

私もくるりと振り返った。









学校。







宿題忘れたなんてウソなんだ。

ウソついて悪いね…夏希。





一人で行きたいんだ。









































私はできるだけ早足でバスに乗り込んだ。



ギリギリだった。

このバスを逃したら20分待つ事になってたわ。





ぐらぐら揺れるバス。

窓辺に座った私は、ずっと窓の外を見ながら考えていた。





あの音色。

トランペットの音色と、あのきらめきと、



少年のことを。



目をつむれば聞こえてきそうだった。













































バスを降りると、もう夕日が真っ赤に燃えていた。

バス停から徒歩五分の高校。

裏門から入る。







部室の横をすり抜けて、真っ直ぐ歩く。

下駄箱で上履きに履き替えてから、階段へ。





一歩ずつ、一歩ずつ。



ゆっくり。









そういえば…私最近階段はいつも急いでたな…

あの少年に一目会いたくて、急がないとどこかへ行ってしまいそうだったから。

てゆーかそんなすごい勢いで階段上ってきたら誰だって逃げ出したくなるよ。

笑えてくるな。

だから少年はいつも逃げちゃってたのかもしれない。







でもなんでだろう。







今日は全くそんな気がしない。







トランペットの音色もなにも聞こえないというのに、

少年はあの4階の廊下にいると思えた。



信じられた。





不思議だった。

































四階に着く。





すこしドキドキしてきた。

あの角を曲がれば、あの廊下につながっている。



絶対いる。



少年に、











今日こそ会える。

























角を曲がった。















































































































































































































「いた。」































































私の声に、少年が顔を上げる。



































「…今日は、走ってこなかったんですね。」









少し笑いながら、少年が口を開いた。



初めて聞いた声。

落ち着いた、澄み切った声だった。





まるで私が来るのを知っていたかのように。













「まぁね。いつもあんなんじゃ…つかれちゃうし。」



「でしょうね。」











歩き出す。



少年に向かって、一歩、一歩。



ゆっくり。

















「…どうでしたか?試合は。」

「負けたと思う?」

「…いいえ。」

「正解。」









少年が腰を下ろす。

私も隣に腰掛ける。





不思議と気分は落ち着いていた。

いざ少年と話をする事になったらどうしようなんて考えてた。



その心配は全くなかった。







だって……









「……初めて話した気がしないな…。」

「そうだね…。てゆーか私が一方的に話しかけてたんだよ。」



「…そうでした。」

「なんで無視したのかって…ずっと考えてたんだ。」



「………。」

「それで、わかったよ。」



「……。」







「あんたの正体。」













































外でぴゅうっと風が吹いた。

































































































「あんた、幽霊でしょ。」



































































































































































































「……はい。」







「………。」





























「僕は、5年前に死にました。」



「今日はその話をしようと思って待ってたんです。」







「最初は自分が死んだなんて気がつかなかった。普通に生活してたんです。」



「それで、その日、トランペットを吹こうと思って、ケースを持ち上げようとしたんです。」



「そしたら、もう持てなくなってた。」



「死因はよくわかりません。世間に僕の死は全く報道されてなかったんです。」



「でも、僕はそんな事はどうでも良かった。ただ、トランペットを吹けない事に涙したんです。」



「本当におかしくなるかと思った。僕からトランペットを奪ったら、なにも残らないのに…。唯一の生きる理由だったのに…って。」



「それで、この世に存在するには幽霊になるしかない…と。」



「幽霊としてこの世に居続ければ、トランペットも吹けて、僕の思い通りに行くはずだったんです…」



「でも、それは違った。誰も、僕の事を見てくれない。

見えない。

だから吹いても意味がなかった。

トランペットを吹いて、誰かに褒められて、初めて僕は存在していると思えた。

…そう気づいたんです。」



「そして、5年経ったある日。

いつものように空に向かってトランペットを吹いていたら、

僕の耳に、信じられない言葉が入ってきた。」



「…私…か。」





「そう。『涙が出るほど感動した』って。聞こえてきた。」



「……はは…。」





「こっちこそ涙が出そうだったよ。」



「………。」





「でも、5年ぶりに会話をするわけだから…本当にどうすれば良いのかわからなかった。」



「……だから逃げてたんだよね。」





「はい。」











「それで…あの夕日の奇麗だった日。夢を見たんです。」



「…夢?」





「はは…幽霊でも夢って見るんですね。死んでから初めて見た夢だった。」



「……。」





「夢の内容は…短くまとめれば…『もうこの世にあり続ける事はできない』。ってとこでした。」



「………え…?」





「近々僕は…天国へ行くようです。」



「…天国に?」





「あれです。成仏っやつです。」



「…じゃぁ…もういなくなっちゃうの?」





「はい。それは…今日、この日のような気がします。」



「………。」





「でもそれでも僕はかまわない。」



「………。」





「あなたは、僕がちゃんと生前に確かに存在していて、誰かのためになにかをできたという事を気づかせてくれた。」



「………。」





「僕は、あなたに出会うために、幽霊になったのかもしれません。」



「………。」





「夕日が奇麗だったあの日、夢の事が頭を離れませんでした。

もうトランペットが吹けなくなってしまう、本当に死んでしまう…と。」







あの日、少年の音色にもやがかかっていたのを想い出した。

『自分がいなくなるかもしれない』という不安から生じた「もや」だったんだ。

だから沈んでいたんだ。







「その日は吹き続けました。狂ったように。ずっと。」





「その音色、私も聞いたわ。「もや」がかかった、戸惑いがあるように感じた。」





「それで、僕を心配してここまで来てくれたんですよね。」



「そう。」





「すごい勢いで。怖かった。」



「ふふ…」





「僕は急いで姿を消しました。

トランペットは姿を消せなかったので、そのまま。

そしたら、『なんでなのよーーー』って。

怒鳴り声が聞こえた。

びっくりしました。」





「ごめん…。」





「それで、あなたはトランペットの方に近づいてきた。

本当にドキドキした。

貴方には僕の姿は見えていないけど、僕には貴方が見えてたから。

すぐそばまで、来ていたんですよ。」



「……。」









「…そして…『いつものが聞きたい』…と。」





「それから、『いつになったら会えるんだろう』…と。」













「僕は本当に嬉しかった。

5年も人の温かさに触れてなかったから。

その言葉を待っていたと思いました。」





「……。」







「僕は、貴方のその想いに、涙しました。」









「あの時の水滴は…あんたの涙だったんだ…。」



トランペットの上に落ちた、赤い雫を想い出した。

キラキラ光って、奇麗だった。









「それで僕は思いました。もうこの世界にいてはならないって。」



「……。」





「でも、あなたに恩返ししたかったんです。」



「……。」





「そしたら、チャンスが巡ってきた。」



「……てるてる坊主か。」





「はい。あれが、僕の最初で最後の、貴方へのプレゼントです。」



「……ありがとう。」











「僕はそれから祈り続けました。

貴方が帰ってくるまで、絶対に消えてなるものかと。

会って、話がしたかった。」



「……それは…私も同じだよ。」





「……本当ですか?」



「当たり前じゃない。ずっとずっと思ってたんだから。」





「…嬉しいです。」











「でも…こうしてお話しできてよかった。

もう、この世に未練はありません。」



「……。」





「僕は、天国へ行って、またこの世に戻ってきます。」



「……。」





「生まれ変わります。また人間かもしれないし、犬とか猫だったり…アリかもしれないけど。」



「…ふふ。」





「いつまでもこのままじゃいけませんよね。」



「そうだね…。」





「それに…もう…時間もない。」



「もう行くの?」





「まだ…ここにいたいけど…それも難しいみたいです。」



「……そっか。」







































「理緒さん。」


















少年が私の名前を呼ぶ。



















































































































































































「本当に、ありがとう。僕は、いつまでも貴方を見守っていますよ。」































































「……っ…」































涙があふれてきた。































「次に会ったときは、人間なのか…犬なのか…猫なのか…アリかもしれません。」































































「それでも、いつかきっと、また会いに行きます。」































































「ただ一つやりきれないのは…」

















「僕は理緒さんの事をこんなに想っているのに、その想いがもうすぐ消えようとしている事です。」































































































































































































「……それはないよ。」































少年の足が消えかけている。



空に向かって粉雪のように舞っていく。





































「私は、あんたの事を一生忘れないよ。」































「理緒さん…」































「雨が降ったら、てるてる坊主を歌うよ。夕日が奇麗な日は、あんたの事を想い出すよ。」































「いやでも想い出してやるから。」































































「………。」































「その想いが私の中にある限り、あんたは私の中に存在してるよ。」































「………。」































「だからそんな心配しないで。安心して行って。」































「………。」































「てゆーか私の方が寂しいよ…!私はあんたの事憶えてるのに、あんたは私の事忘れちゃうんだから…!」































いつの間にか大泣きしていた。 少年の足は消えて、上半身だけになった。































「一生忘れないよ…!」































































「理緒さん………。」































































少年の手をとる。



すごく冷たかったけど…







その冷たさの中に温かさが存在している気がする。



















































































「そろそろのようです。」



「うん。」



















「僕は…本当に幸せ者でした。」











「………うっ……」







「理緒さん。」







「うぅ…っ……」











「理緒さん。僕の目を見て。」















顔を上げる。



奇麗な瞳が目の前にあった。































にっこり笑う少年。















































































































































「ありがとう。」







































その瞬間、私の手から離れて行った…







空へ舞う、粉雪。



































天へ昇っていく。







それをただ見つめていた。



















































空は真っ赤に燃えて。











反対側には月がもう見え始めていた。















静かな少年の笑顔が頭を離れなかった。



































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第九話。
少年も理緒も幸せ者でした。

ナチュ。





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