トランペットを吹く少年の物語






最終話





9月。

新学期が始まった。



私は食堂で少し遅めの昼ご飯を食べていた。

隣には、夏希と春菜。





「ねぇ〜…理緒りんこ先輩〜。」



私はまた妙なあだ名を付けられた。



「ちょっと春菜。いいかげん普通に『理緒先輩』って呼んでくんない?」

「えぇー?そんなわけにはいきませんよ!」

「なんでよ〜!私は『夏希先輩』なのに!」



「だ・か・ら!夏希先輩は『夏希っちょ先輩』も『夏希りんこ先輩』もゴロが悪いからダメなんですよ。」

「なーんでなのよー…」

「そりゃ三文字だからですよ。文句言うなら親に言ってください。」

「無茶言わないでよ!」





「それより!理緒りんこ先輩!」

「はいはい?」



「私、新しいバッテリーの子、決まったんです。」

「へー?ホントに?」



「はい!」

「だれだれ?」

「えーと…2年生でピッチャーっぽいのっていなくない?」



「あ!来た来た!」

「え?」





振り向く夏希と私。





「こっちだよ!真紀ちゃん!」

「あ!はい!」



髪の毛を二つに縛った女の子がこっちに走ってくる。



「え?!真紀ちゃん?!」



『真紀ちゃん』は、我がソフト部唯一の一年生。

背は高めで、ピッチャーにはあってそうだけど…



「理緒りんこ先輩、夏希先輩、春菜先輩、こんにちわ。」

「こ、こんにちわ。」



なにげに『理緒りんこ』って感染してるし。



「じゃじゃーん♪エースピッチャーは、真紀ちゃんに決定しました!」

「よろしくお願いしまーす!」



「真紀ちゃん…ピッチャーやった事あったの?」

「あ、はい。中学の時にちょっとだけ。三番手でしたけど。」



「はぁ〜…なるほど。」

「私…理緒りんこ先輩には絶対かなわないと思ったから…ピッチャーだったって言わなかったんです。」



「え…。」

「でも…この前の試合で…感動しちゃって。ピッチャーってかっこいいなぁって。」





ドキッとした。



「理緒りんこ先輩!私頑張って県大会で優勝して、それで関東大会行きます!」

「…真紀ちゃん…」



「だから受験頑張ってくださいね!応援してます!!」

「真紀ちゃぁ〜ん…今それを言わないでよ〜ぅ…」

「へ?なんでですか?!」



「思い出したくないよ勉強の事は〜っ」



夏希がうめいた。











私達はそれから県大会に出場したわけだが…

予想通りと言うか、当たり前と言うか。



一回戦敗退で帰ってきた。



私達にとって県大会がゴールだったわけだし、それ以上のことは考えていなかった。



考えられなかった。



だから負けても、「まぁ…こんなもんでしょ」と思えた。



そんなことより真紀ちゃんだ。

彼女が私を見て、頑張りたいって思ってくれた。

大会前に思っていた通りになってしまって…



怖いくらい嬉しかった。



「憧れ」られるって気持ちいもんだね。



憧れられるのを経験した私は同時に後悔した。

私も真紀ちゃんみたいに先輩に言えば良かった。



「先輩みたいになるために頑張る」

って。



そしたら先輩たちはすごく喜んでくれたはず。

私みたいに。









「理緒。そろそろチャイムなるよ。」

「あ、そっか。」



「次なんだっけ?」

「えーっと…数学だっけ?」



「うげぇっ…あのオヤジか…」

「声でかいよ夏希。」



「あのオヤジどうやったらあんなねっむい授業ができるのかねー…逆に尊敬しちゃうよ…」































いつもの日常に戻って行く私達。



朝、携帯のアラームで起きて、10分寝過ごして、

あわてて飛び起きて、朝ご飯もろくに食べずに家を飛び出して。

ギュウギュウ詰めのバスに乗って、

学校について、

授業を受けて、友達としゃべって、お昼食べて、

帰りは空っぽになったバスに乗って帰る。



年寄りにしては充実した一日かもしれない。

これが当たり前な私には、何かが物足りなかった。

ボケることはなくても、ボケてきそうな勢いだった。



マンネリ化してきた生活を潤してくれた、

大切な何かを失ってしまった。



寂しいけど、仕方のないこと。



この思いは、思い出は、心の中にそっとおいておこう。

奥の方にある、誰にも見つけられない、高級感あふれるスペースに、

そっとおいておこうと思う。



またその思いを取り出すことがあるのだろうか。



その時は、

もうずっと先の話のような気がしてくる。































授業が終わり、帰りの支度をする。

一人であんなことを考えていたせいか、テンションはガタ落ち。

自分でも信じられないほど落ち込んでいるのがわかった。

呼吸をする度にため息が出ている。







「はぁ〜…」

「あ!理緒!ちょっとまってて!」



「はぁい?」

「ちょっととってくる物あるからまってて〜…」



夏希は教室を出て行った。

そういえば夏希と帰る約束してたっけ?

すっかり忘れてた。



「はぁ。」



ため息をしながらイスに座る。

いつの間にかクラスには誰もいなくて、一人になっていた。



やっぱり一人は落ち着くな………

夏休み中はいろんなことに夢中になりすぎて、忙しかった。

けど、充実してた。

この私が、「協調性」なんて気にしてた。

本当は一人が好きだったのに…









窓の方を見ると、時々1、2年生の声が聞こえてくる。

皆部活を頑張ってた。



今度は廊下の方に耳を傾ける。

吹奏楽部が演奏を始めたようだ。

微かに聞こえてくるクラシック。





想い出すのはただ一つだった。

















「理緒ー!ごめんごめん。」

「あ…うん。」



しばらくして、夏希が戻ってきた。

カセットデッキを抱えている。







「…なに?それ。」

「カセットデッキ。」



「うん。わかるけど。」

「ちょっと聞かせたいのがあってね。」



「え?」





夏希は抱えていたカセットデッキのコンセントをさし、

持っていたカセットテープを入れた。







「よっし。」

「なんなの?」



「おほん。」

「…?」



「理緒。ビックニュースだよ。」

「は?」



「夏希様に感謝してもらわなきゃね。」

「…じらさないで早く言ってよ。」



「しかたないっ!話してしんぜよう。」

「……。」











「トランペットの彼。」







「……え?!」







飛び上がる私。







「この前彼のトランペット吹いてるカセットがまだ学校に残ってるってメール見せたでしょ?それが、これ。」

「……」



「びっくりでしょ?」

「……夏希…」



「…感動した?」

「…ってゆーか…キモイよ。」



「はっ?!」

「あんた…まだそんなことを…すごいね。」



「…褒めてんのかけなしてんのかはっきりしてよ。」

「いや…褒めてんだよ…凄すぎてキモイ。」



「…意味わかんない。」

「いや…あの…ありがとう。」

「ふふん。」





ふんぞり返る夏希。



「我ながら良い恩返しになったわ。」

「へ?」



「実はさ、そのカセット貸してくれって頼んだの、彼なの。」

「彼?」



「うん。新しい彼氏。」

「…そ、そうなの。」



「だから、理緒は私達のキューピットなのよ。」

「そりゃ…よかった。」



「だから恩返しと言うか…まぁ最初からする予定ではあったけど。そういうことにしといて。」

「あぁ…うん。」



「じゃっ、私彼待たせてるから行くね。」

「えっ?!」



「一人で聞きたいでしょ?」

「……」





「はーい。邪魔者は消えます。」

「……夏希…」



「てゆーかこっちからしてみれば理緒の方が邪魔者だけどね。」

「…あの…」



「そんじゃっ!達者でな!!」

「ありがと。」







夏希はにっこり笑うと、教室を出て行った。



階段を駆け下りる音。

すごい急ぎ様だ。



すごいね。

あんた、私を泣かせるし、人と人をくっつけちゃうし。

すごい力の持ち主なんだね。



改めて思ったよ。















教室には、カセットデッキと、私だけ。



私はまた一歩ずつ歩いた。

カセットデッキに向かって。



一歩ずつ、一歩ずつ。



あの時のように。





手を伸ばす。

カセットデッキのスタートボタンに指をおいて。



押した。







「カチッ…ジーーーーーッ…」





カセットテープ独特の音。

妙にドキドキする。







「ガタッ…ゴト…ゴト…」









雑音が入っている。



リアルで怖い。







「…ジーーッ……」







密かな声が聞こえる。









「ゴトン…」







トランペットを構えた音がした。























「…♪♪…♪……♪…」



























演奏が始まる。

明るい曲調でフワフワと跳ねている。

高いところはトランペット特有の甲高いきれいな音を。

低い音もしっかりと。

目をつむればその情景が見えてきそうだ。



目を閉じながら聞き入った。













「…♪…♪…♪…♪…♪♪」











アップテンポ。

ポップで体が軽くなる。

自然と笑みがこぼれてくる。































一曲目が終わった。



目を開ける。

目の前にカセットデッキがある。



少しだけ、むなしくなった。











二曲目の準備をしている音が聞こえる。

楽譜をめくったり、楽器の調節をしたり。

もう少し時間がかかりそうな気がした。



私は立ち上がって、窓の方に歩いて行く。

空は気持ち悪くなるような青色。

雲一つなくて、空が遠いのか近いのかわからない。



















その空の下で活動する生徒たち。

下の方で春菜が真紀ちゃんの指導をしている。

真紀ちゃんは一生懸命にそれを聞いている。



中学の頃初めてピッチャーの練習をしたときのことを想い出した。













「…♪……♪…♪………」













ニ曲目の演奏が始まった。



カセットテープの方に体を向ける。

ゆったりした曲調。

さらさらと流れる音色。

また目を閉じると、まぶたの裏にその情景が映った。



夕日が奇麗な日。



雨の音。



雲から漏れる太陽の光。



ガラスの窓の向こう。







いろんなものが映る。









目を開けて、また窓の方に体を向ける。



窓枠に腕を載せて、うつぶせの状態になって聞いた。







まだ温かい風がピュウッと吹いた。











なんとなく、右耳下にして左を見た。



すると突然視界に、黒いうごめく物が入ってきた。

少しぎょっとしてピントを合わせると…











「…アリ…。」









黒い小さなアリが窓の格子の上を一生懸命歩いていた。

でこぼこしたアルミの枠は歩きにくそうだ。







少年の言葉を想い出した。





アリは私の腕のところまで来ると、ぴたっと静止して、何か考えているように触覚を激しく動かした。

音楽が流れ続ける中、アリと私は一緒に外を見た。









また弱い風が吹いて、前髪が揺れた。



今度はもうすぐやってくる秋を感じさせる。







また目を閉じてトランペットの音色に聞き入る。



















アリはいつまでも何かを考えているようだった。















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最終話。
アリはどこから来たのか?

ナチュ。





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