トランペットを吹く少年の物語
あの夕焼けの日から何日かたち、
とうとう(自称)夏の甲子園まであと1日となった。
最後の追い込みというわけで、
今日は一日中練習、練習・・・
と、思いきや、
あいにくの雨で外練習は中止。
体育館で基礎練習となった。
「まーったく明日が運命の日だってのに・・・うざいわー・・・」
「そっすねぇ。」
腹筋、背筋、腕立て、スクワット50回を2セットと言うスペシャルメニューをたらたらやっていた私と夏希はぼやいた。
「こーゆー基礎練は冬やるもんでしょーが。試合前日にやっても意味ないじゃんねぇ。」
「そっすねぇ。」
「・・・はぁ。ちょっと理緒!明日試合だよ?!気合いいれてよ!」
「おうよ〜・・・」
「絶対勝つかんね!!頼むよ!エース!!」
「おうよ〜・・・」
「・・・なめてんの?!」
「おうよ〜・・・」
「・・理緒!」
「へ?」
「まぁまぁ、先輩。理緒っちょ先輩の気持ちもわからんでもないじゃないっすか。」
なだめるように後輩春菜が話しかけてきた。
春菜は人の名前に「っちょ」をつけるのがマイブームらしい。
「あんたその『理緒っちょ先輩』ってやめてよ。長いし。」
「え〜っ!かっこいいじゃないっすか。」
「でも理緒って『っちょ』つけるキャラじゃないじゃん。」
「そのギャップがいいんですよ。」
「いらないってそんなギャップ。」
「『っちょ』つけるなら私でしょ。『っちょ』ってかんじのキャラでしょ?私。」
「『夏希っちょ先輩』はゴロが悪いからダメです。ね?理緒っちょ先輩!」
「いや・・・私にふられても・・・」
「理緒ずるーい!私も『っちょ』つけたーい!!」
「だめですってば!」
「あげるよ。私のお古で良かったら。」
「きゃは☆」
春菜がソフト部にあるまじき奇声を発した。
「・・・何その『きゃは☆』って。・・・なんで星ついてんの?」
「殺し文句です。女の人の前では語尾に星、男の人の前ではハートをつけるんです。」
「・・・へー・・・」
「イチコロです。」
「・・・へー・・・」
そんなこんなで今日は午前で練習は終わり。
時刻は12時丁度。
でもまだお腹はすいてないし・・・
もう少し自主練してくか・・・
「理緒っちょ先輩〜帰らないんですか?」
「う〜ん・・・もうちょっとやってくわ。」
「じゃぁ私も残りましょうか?」
「大丈夫だよ。疲れたでしょ?上がって。」
「でも〜・・・」
すると着替えが終わったらしい夏希が体育館に戻ってきた。
「春菜!大丈夫だよ。一人の方がやりやすいっしょ?」
「夏希・・・うん。そだね。」
「そうですか?」
「大丈夫よ。ね?理緒。」
「うん。上がって。おつかれ。」
春菜は少し迷ってから、
「じゃぁ、お先に失礼します。」
「ん。おつかれ。」
夏希と春菜は体育館から出て行った。
私は一人、体育館に残ってピッチングフォームを何度も見直した。
ネットに向かってひたすら投げる。
本番は明日。
ピッチャーのできが悪かったから負けた・・・
なんてのは絶対にいやだ。
ピッチャーのできで試合は左右される。
今まで受けた事がないプレッシャーがのしかかる。
監督は何度も言った。
「そのプレッシャーは、努力してできる自信で吹き飛ばせ。」
と。
とにかく、今できる精一杯の事をやってみよう。
ただなにもしないで明日が晴れるよう願っているだけでは始まらない。
頑張る。
私のプライドにかけて。
いつのまにか二時になっていた。
時間を確認したとたん、お腹がすいてきた。
そろそろ帰るか・・・
私は汗を拭ってから体育館を出た。
もわっとした空気が顔に当たる。
そっか・・・
二時って暑いんだったよ・・・
早く部室へ行こう。
部室は比較的涼しい。
木で影になっていて、なんとかイオンとかがたくさん放出されてるかんじ。
制服に着替え終わると、
私はすくっと立ち上がった。
真っ直ぐ前を見て、
部室の左端にある棚の上に飾られた物めがけて、
一礼。
そして手を二回たたき、
心の中で唱えた。
「どうか、勝てますよーに!!!」
棚の上には、私達の先輩が県大会に出場した時の写真があった。
横に置かれた、先輩たちのお守りと一緒に。
私は部室の階段をおりる時、思い出していた。
私が一年生だったとき、三年の先輩たちが県外会に出場した事。
それは、17年ぶりの快挙で、
思いっきり文化系だった我が校はお祭り騒ぎとなった。
私も県大会は初めての経験で、かなりドキドキした。
出場するわけでもないのに。
大盛り上がりを見せた我が校は、小さな応援団を作った。
応援団長と団員含めて3、4人と、吹奏楽部の子達7、8人・・・
小さなものだった。
応援団なんて連れてきてる学校は私達だけだった。
それでも、自分たちを応援しに来てくれた応援団達に、心から感謝した。
結果は一回戦敗退だったけど、
それでも、
私の心の中に一生残るだろう、思い出になった。
あの私の両目に映った先輩たちの笑顔。
いい表情だった。
私も、あんな風に笑いたい。
試合に勝って、仲間とその歓びを分かち合いたい。
まってて。
こんどは私があの舞台に立つから。
そのために二年間、頑張ってきた。
冬は走り込んだ。
夏は汗でベトベトになりながらも投げまくった。
バッティングだって毎日素振りをした。
その努力が、
明日、ためされる。
そして、4階の校舎。
今日は雨が降っているし、さすがに少年はいないだろう。
それでも、
今の私を見てほしい。
私だって、あんたみたいに毎日一生懸命頑張ってるんだ。
トランペット吹くのと、
ソフトやるのとじゃ形は全然違うかもしれないけど。
でも、そのものに対する情熱は、同じ類いのものだと思う。
すると、ガラガラっと窓が開く音がした。
まさかと思って急いで顔をあげる。
金色のトランペットがすっと飛び出す。
「♪・・・♪・・♪・・・」
・・・。
よかった。
あの夕日の日、彼の音は沈んでいた。
奇麗な夕焼けだったのに。
彼は沈んでいた。
今日は軽快な音だった。
こんな曇り空なのに。
彼の音は、自信に満ちあふれていた。
『僕にかなう者はない』
と。
「ねえ!」
大声を上げる。
演奏がやむ。
「明日さ、試合なの!大会!」
雨の音だけが静かに聞こえる。
「私・・・頑張るからさ!・・応援してよね!」
少年はいつもと違って、びくっとして逃げたりしないで、
まっすぐ私を見つめていた。
「こんな天気だけどさ、明日・・・晴れるよね!」
少年は、私を見続けていた目を離し、
空に目をやった。
そして、高くトランペットを掲げた。
「♪・・・♪・・♪♪・・」
思わず笑みがこぼれた。
初めて。
私のために演奏してくれた。
曲名は私でも知ってる。
『てるてる坊主』
てるてる坊主、てる坊主、明日天気にしておくれ・・・
演奏が終わる。
少年と私は見つめあった。
4階と地上。
距離はあった。
でも、近かった。
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第六話。
離れていても、心は一つなんです。
ナチュ。
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