トランペットを吹く少年の物語
第8話
「どうしたんですか?理緒っちょ先輩。」
「え?いや?べつに…あ、やろやろ。もう時間ないし。」
「…はい。緊張してるんなら、リラックスですよ。相手と比べても意味ないです。てゆーかあっちのピッチャー超ヘボだし。」
「ははっ…どーも。ありがと。」
春菜にまで心配させてしまうとは…
我ながら緊張しすぎじゃん…
試合前の練習。
この練習の時間から、私達ピッチャーどうしの戦いはもう始まっていた。
他の野手たちは外野の方で別に練習をして、
ピッチャーとキャッチャーだけ、内野のはじの方でピッチングをする。
ここで、相手の監督やピッチャー、キャッチャーにプレッシャーを与える。
静かな冷戦だ。
そして次の試合に勝てば、私達は晴れて県大会出場となる。
たった一勝で県大会出場できるというのは、
二つ上の先輩が県大会に出場してくれたから。
シード権ってやつだ。
「……松永。…それから春菜も。ちょっと来い。」
「…はい?」
名前を呼ばれた私は監督のもとへ行く。
春菜はキャッチャーの防具をガチャガチャいわせながら走ってくる。
「二人とも…わかってるかとは思うが…今日は最後の公式戦だ。気を引き締めていけよ。」
「はい。」
「それとな…相手のことだが…守備力、攻撃力共に互角と見ている。だから今日はお前次第だ。投手で決まる。」
「はい。わかってます。」
「調子は?」
「普通です。」
「…そうか。じゃぁ…悪かったな。練習続けて。」
「はい。」
監督の話が終わり、私と春菜は練習に戻る。
「先輩!」
春菜がこそっと私に耳打ちする。
「なんか超むかつきません?」
「なんで?」
「あのオヤジなんでわざわざプレッシャーになるような事言うんですかね!試合前なのに…」
「えぇ〜?別にいいじゃん。」
「いいんですか?理緒っちょ先輩!むかつかないんですか?!」
「ちょっと春菜!声でかいって!」
「あ!ごめんなさい。」
「いや…そういってもらえるのは嬉しいけどさ…でも大丈夫だし。」
「そうですか?」
「あんた最近私の事心配しすぎ。らしくないじゃん。」
「なんでですかー!私は理緒っちょ先輩のことを思って…!」
「はいはい。ごめんね。じゃぁほら。始めよ。」
「んー……はーい……。」
不機嫌そうに返事をしながら振り返った春菜。
なんだか…絶対私の方がリードしてると思ってたけど。
結局はあんたに支えてもらってたのかもね。
キャッチャーがピッチャーを育てるって言うけど…
実際そうだったんだな。
絶対こっちが育ててるって思ってたのに。
大きくなったな。
確かに、私はあせっていた。
試合前には時々こうなる。
全然緊張しない日もあれば、
こんな風に妙に焦って自滅するときもある。
今日はなんだか後者になってしまいそうで怖い。
「礼っ!!!」「おねがいしまーす!!!!!」
戦いの火ぶたが切って落とされた。
我が校は後攻。
最初に守備につき、バッターを挑発する。
中学のときから習っていた。
この、後攻の、第1回の、最初の一球が一番大事。
最初の一発目から打ってくる奴はいない。
だから、それをねらって自分の力を見せつける。
絶好のチャンス。
マウンドに立つ。
一番バッターがバッターボックスに入る。
足が速そうで、心臓に毛が生えていそうなやつ。
私はバッターを鋭く睨みつける。
春菜もちらっとバッターを見て、サインを出す。
『内角、低め。』
了解。
「プレイボール!!!!」
審判の声が響く。
フォームに入る。
最初は、力を抜いて、
トップに来てから力をいれて、
遠心力で。
腰を使って……
押し出す!!!
「ズバァァアァァン!!」
しん…と静まり返ったグラウンド。
「ストラーイク!!!!!」
審判のかん高い声がきこえた。
やった。
一球目。入れてやった。
これで今日はもう…どこまでもいける気がする!!
「ストラーイク!バッターアウト!!!!」
チェンジ。
あっという間に一回の表が終わった。
「理緒っちょ先輩!すごい!!」
「え?」
「やったじゃないですか!!三者連続三振!!!」
「ナイスピッチ!理緒!」
「先輩、ナイス!!」
「松永、よかったぞ。」
みんなに褒められた。
てか…こんな場面…私いっぱい見せてきたはずだけど…?
最後だから緊張してるって思ったのか?
悪いけど全然ヨユーなんすけど。
そんなに異様な空気放ってた?
「夏希ー!頼むよ!!!」
「はいよ♪まかしときな!!夏の希跡を見せてやるよ!」
一番バッター夏希。
夏希の名前は「夏の奇跡」とかくんだとか抜かしてた。
字違うけど。
でも、素敵な夏の希跡をたのむよ!
「カキーン!!!」
第一球目。
夏希は初球から打ってきた。
その意外な行動に、ピッチャーも守備陣もちょっとビックリした様子。
しかしもっとビックリする事に…
「センター!!」
一球目からセンター前のゴロ。
見事に一塁へ駒を進めたのだ。
やるじゃん。夏希。
「ナイバッチ!夏希!」
「どうもー♪」
「続け!バッター!」
「転がせーー!」
リーー…ゴゥ!
そんなこんなで、試合はたいして大きなミスもないまま、
6回の裏を迎えていた。
カウントは1アウトランナー二、三塁。
得点は三対二で負けていた。
それでもチャンスはチャンス。
バッターも4番バッター春菜。
あいつは大振りしない限り当たるとでかい。
頼むよ……犠牲フライでもいいから…!!!
「カッキーーーン!!」
打った。
大きい。でも…レフトの頭を超えそうにない…!
タッチアップ!!!!
レフトは大きく移動してボールを捕球。
それと同時に三塁ランナーが走り出す。
投げられるボール。
必死に走るランナー。
ホームに滑り込んだ。
判定は………
「セーフ!!」キャッチャーが取ったはずのボールは、
5、6メートル後ろの方へ抜けていってしまった。
「ランナー!行け!!ゴーゴー!!」
二塁ランナーがサードベースを踏んだところだった。
ランナーコーチに指示され、
思いっきりサードベース踏み込んだ二塁ランナー。
ホームではピッチャーがカバーに入り、
キャッチャーがボールを追う。
また滑り込んだランナー。
それと同時に、キャッチャーがトスしたボールをキャッチするピッチャー。
「セーーーーーフ!!」
「きゃーーーー!!!!」
「やったぁ!!!」
「ナイスランナー!!」
「ナイファイトー!!!!」
「逆転!逆転じゃん!」
「春菜ー!!ナイスバッティング!!!」
「ナイバッチー!!!」
四対三でリード。
カウントは2アウトランナー無し。
まだ…まだ行けるよ!
「5番バッターです!」
「二アウトからだよー!」
「ピッチ強気で!」
「転がせ〜!」
「いつものバッティングで!」
「バッチこーい!!!」
「カーーン…」
「セカーン!!」
「アウトー!!チェンジ!!」
セカンドに転がった平凡なゴロは、あっさり捕球されてアウト。
まぁ…逆転んしたんだし大丈夫。
次。
次守りきれば、私達の勝利。
県大会への切符を手に入れる事ができる!!
「気合いいれてくよ。」
「はいっ!」
「点入れられたら死ぬと思いなさい!絶対守りきるぞ!!」
「はいっ!!」
「行くぞー!!」
「おぉっ!!!」
「プレイ!!」
一番バッター。
心臓に毛が生えていそうな奴。
足は速いけど…バッティングはまぁビビるほどじゃない。
ここはまずは慎重に…
内角高め!!
「カキーン!!!」
打たれた。
けど平凡なフライ!
センターの方に飛んでいく。
「センター!前、前!!!」
ボールは高く飛んでいるが、ちょうどセカンドベースの真上。
ショートとセカンドが取るには遠すぎるし、
センターも間に合わなそう。ボールが地面に落ちた瞬間、
センターが追いつく。
ショートバウンドで捕球。
急いでファーストに投げるが…
「セーーフ!!」
場所が悪かったのだ。
二番バッター。
なにをしてくるかわからない、いやなバッター。
バントか、スクイズ。
いや…ランナーは一番バッターだし…
盗塁か…
フォームに入る。
私の手からボールが離れた瞬間。
「走った!!!」
ライトの声。
春菜…!
頼むよ!!!
春菜が捕球し、素早くセカンドにボールを投げる。
ランナーは滑り込んで、ショートがボールでタッチする。
微妙なタイミング。
お願い…!!!
「セーーフ!!」
「あぁ〜…」
こちら側のベンチからため息。
くそっ…今の絶対アウトだよ……
「気を引き締めて!最終回だよ!」
春菜が声を張り上げる。
「はい!!」
ノーアウトランナー二塁。
バッター二番でワンストライク。
ここは私が踏ん張らなきゃ…!
フォームに入り……
まずは力を抜いて………
投げる!!!
「コンッ……」
突然のバント。
ひるむサード。
焦るな!ゆっくりでいいから!!!
「サード!ファーストに!!」
サードは慌ててボールを捕球し、
体勢を整えないままファーストに送球。
ボールがすっぽ抜けて……
セカンドのグローブをはじいた。
「セーーフ!!」
後ろに転がっていくボール。
ライトが追う。
「ライトー!!ホームホーム!!!」
「よーっつ、よーっつ!!」
セカンドランナーがサードベースを踏み、
敵ながら尊敬したくなるようなスライディングをかました。
でも。
春菜だって負けちゃいないよ!!!
「アウトーーーーーーッッッッッ!!!」
「やったー!!」
「ナイスライト!ナイスキャッチ!!!」
「次見て、次!!」
「ランナーセカンド!!」
春菜はセカンドにボールを投げた。
ランナーはリードをしていて、速やかにセカンドベースに戻った。
「セーフ。」
これでカウントはワンアウト。
ランナー二塁、バッターは三番。
なんとか得点だけは死守したけど…
相手のチャンスに変わりはない。
右打ち三番バッター。
「あと二人だよ!!集中!!!」
「はい!!」
ここで私が踏ん張れば…
大分楽になる。
見てなさい…!!
フォームに入って、バッターをにらむ。
力を抜いてから…
一気に踏ん張って…
投げる!
「バァァァァン!!!」
「ストラーイク!!」
よし…とった。
ワンストライク。
「ナイスピッチ!」
「その調子で!!」
「はーい…」
適当に返事して余裕かましているように見させる。
「ピッチもう一本!」
もう一度マウンドに立ち、
形に入る。
さっきと同じでいい。
いや…それ以上で………!!!
「コーン……」
ぼてぼてのゴロ。
ピッチャー前に転がった。
私は落ち着いて捕球。
ファーストへ投げる。
「アウトー!!」
「次次!次見て!」
ファーストはサードに走ったセカンドランナーを追い込んだ。
よし…
これでツーアウトランナー三塁。
そして…次のバッターは四番。
「タイムお願いします。」
春菜が主審に申し出た。
みんながピッチャーのいるところに集まってくる。
つまり、私のところに。
「さっきはナイスだったよ、ライト。」
「ナイスキャッチ。」
「次はわかってると思うけど、四番だよ。」
「はい。」
「相手にとっては最大のチャンスだけど…こっちはもうツーアウトとってるんだから。」
「はい。」
「とにかくしっかり腰落として。外野はちょっと下がって。それからサンユウカン。気をつけて。」
「はい。」
「ピッチも落ち着いて。いつものでいいから。」
「はい。」
「それにベンチもかなり盛り上がっちゃってるから。」
「ふふっ…」
「私達だけじゃないんだからね。勝ちたいと思ってんのは。」
「…はい!」
「いい?みんながそう願ってくれてんだから、ここは頑張りどころだよ!」
「はい!!」
「ピッチも!一人で守ってるんじゃないんだからね。打たせていいから。」
「はい!!!」
「よっし…じゃぁいくよ!!」
「おぅ!!!!」
バラバラと散っていく選手。
春菜が近づいてきて。
「先輩。リラックス。」
「うん。」
部長の大声が聞こえる。
「ツーアウト!ランナー二塁オールファースト!!」
「はい!!!」
言い終わった後出てきた大女。
もうソフトしか道はないと言ったような体系。
ありゃ男にモテないわなー…
かわいそうに。
「プレイ!!」
「ピッチ頑張れー!!」
「バッチ打てるよー!!!!」
「レフトとセンター行くよ!」
「はーい!!」
「バッチ行けーーー!!」
「ピッチ入るよー!!!」
部長の言葉を想い出す。
『私達だけじゃないんだからね。勝ちたいと思ってんのは。』
『一人で守ってるんじゃないんだからね。』
そうだったね。
いつも私は一人で守ってる気になってた。
みんながいたからこそだったのに。
みんなが私達の勝利を願ってるんだ。
相手チームは別としてね。
みんなが。
じゃぁ…
あんたもなの?
トランペットを吹くあんたも?
そうだよね。
昨日あんなに応援してくれたしね。
てるてる坊主。
私は一人じゃなかった。
夏希も、春菜も。
家族だって、友達だって。
あの少年だってバックについてる。
もうなにも怖くないねこりゃ。
ふー。
っと深呼吸。
でかい図体がバッターボックスいっぱいに広がっている。
その分ストライクゾーンもでかい。
いける。
私の三年間をこの時だけに賭ける!!
お願い!!!!
グローブからボールを出して…
投げる!!!!!
「ストラーイク!!!バッターアウト!!!!!」
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第八話。
勝ちました。
ナチュ。
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