空模様






第6話





菜蘭と俺はグラスに三分の一ほどのコーラを片手に、席に戻った。



テーブルに戻った俺は、さっきから気になっていたことを言おうと意気込んでいた。

これを聞くのはタブーなのはわかっている。

それでも、今回例外な気がする。

例外というより、特例。



さて。



「…お前さ、」



言いかけた瞬間。



「私は『お前』じゃありません。」

「……」



ものすごい勢いで表情が変わるものだ。

さっきまで豆知識が増えてニコニコしていたのに。





「私は、菜蘭です」

「……あぁ。菜蘭ね」



「はい。何でしょう、空太さん」

「菜蘭はさ、なんで家出したわけ?」



「…聞くんですか?」



一瞬顔を曇らせる。

下を向いたままだが、俺を見ている。



「……別に。ちょっと家出しそうな奴には見えなかったから。言いたくないんなら言わなくていいよ」

「……そういわれると言いたくなります」



「……そうですか」

「はい」



「……」

「お話します。なんで家出したのか」



「……」





「私実は、お嬢様なんです」



思いもしない答えに、頬杖を付いていた俺は肘が滑ってがくっとなった。

漫画並みの滑り具合だった。



「…知ってるよ」





普通自分から『お嬢様』なんて言うか?



「はい。すいません。箱入り娘ってやつです」

「ん。そんなかんじ」



コーラを一口。



「世間知らずのバカな娘です。私は」

「……そうだね」



「……そうなんです」



素直にうつむく冗談が通じない、お嬢様。



「それで…外の世界が気になりました。すごく」

「ホントに箱に閉じ込められてたんだな」



「はい。監禁です」

「…マジかよ」



「冗談です」



真顔で冗談言っても面白くねぇんだよ。



「それで、昨日の晩、飛び出しました」

「……へぇ」



「手持ちのお金を持って、まず、町に出掛けました」

「……」



俺はまた煙草を手に取って、火をつける。



「少しぶらぶらしてたら、男の人に話しかけられました」

「……ナンパ?」



「……わかりませんけど……なんか、すぐそこにいい店があるから案内してくださると」

「……勧誘か……」



「それで、その男の人について行ったんです」

「……危ないな」





少し顔を染めながら、話し続ける菜蘭。



「えっと…『いい店』っていうのは『漫画喫茶』でした」

「……」



煙草を吹かして、いかにも興味がないように見せる。

しかし俺は少し怖くなってきたのを感じた。

それを無理に隠しているようで、いやだった。





「いろんな漫画を読みました。楽しかった」



少しだけ笑う菜蘭。



「その後、コンピュータをやりました。インターネットでいろいろなところを探検しました……楽しかった」





一息置いてから、また口を開く。

しかしその先の言葉は俺でもわかった。





「そこで、あの掲示板を見つけました」

「なるほどね」



「寝るところもなにも考えていなかったので……食いついたんです」

「へー……」



「よかったです。あの掲示板を見る事ができて」

「……」



「楽しいです。今」

「………」





「ありがとうございます」

「………」







また、コーラを一口。

しかしそれが自分でも気持ち悪いくらいの照れ隠しだったという事に、

菜蘭は気づいているだろうか?



気づいていないだろう。









「なんか食う?」



話をそらす。



「……はい」

「なにがいい?」



メニューを見せる。

菜蘭の目が一瞬きらめいた。



「……すごいですね」

「……そうか?」



「はい。この本を見てるだけで、なんだか幸せな気分になれます」

「……」





幸せな菜蘭は、メニューをじっと見て、

それから不信そうに自分を見つめている俺へと目を移した。





「なりませんか?」

「……ならないけど」



「……そうですか?」

「そうです」



「残念です……」





言葉通り、残念そうな顔をして、またメニューに目をもどす。

しばらくずっとメニューを見ていた菜蘭だが、決心したようにメニューをパンッと閉じた。

風が起こって、菜蘭の前髪がふわっと舞った。





最終的に菜蘭の出した注文はあれだった。



なんというか…そう。あれだ。







「お子様ランチでございますか?」

「……はい。らしいです」



「……かしこまりました」

「……」





無愛想な店員はほんの少しだけ笑みを浮かべながら裏へ帰っていった。





「お前のせいで恥かいたぞ」

「だから私は『お前』じゃないです」



また大きな目で睨みつける。



「菜蘭のせいで恥かいた」

「すいません。謝ります」



「……いや……」





調子の狂う奴。

てゆーか半分逆切れだ。





「あの。私からも聞いていいですか?」

「……なに?」



コップにささったストローをくるくる回しながら答える。

コーラの泡がパチパチはじける。





「どうして空太さんはこんなお仕事をしているんですか?
掲示板を見てたら……悪い人も書き込みしてたみたいだから……
そういう人たちも部屋に入れてるんですか?」

「……そうだよ」



「怖くないんですか?」

「……仕事だからな。それにあっちは、俺の事どうこうしたってどうにもならないこと知ってるんだよ」





俺はしゃべり続ける。





「……はぁ」

「それに、俺を殺したり怪我させたりしたら困るのは自分たちだからな。いざという時の逃げ場がなくなるから」



「……なるほど」

「柄は悪い奴ばっかだけど……時々良い奴もいるし」



「そうなんですか」





そしていちいち「あいずち」してくる菜蘭。



「だから、そういう奴を毎回相手してるから、お前みたいなのは初めてなの」

「……」



そして、うつむく菜蘭。

今この15秒間でこんなにも急激に表情を変えた人物は菜蘭しかいないだろう。

世界一といっていいほどに落ち込む彼女。





「正直調子狂う」





裏腹にまた言葉を並べる。





「……すいません」

「……謝るところじゃねーよ」



「すいません」







また謝ってどうする。



俺は煙草をギュッと灰皿に押し込んで、またため息をついた。













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第6話。
言葉とはウラハラな、狂い咲き

初花





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