空模様






第8話





「そろそろ出るか……店員がにらんでくる」

「あ!ホントですか?!……全然気がつかなかった」



「……行こう」

「はい」











ファミレスを出ると、息が真っ白になるほど空気が冷たくなっていた。

あまりの気温の変化に、体がドキッとするのを感じた。



「寒……」



当然、菜蘭も。



「急ごう」

「はい」







「走りましょうか」

「……は?」



「お家まで。競争」

「……なんでだよ」





今度は小悪魔的な笑顔。





「寒いからです。」





真顔で答える菜羅。

いや……寒いのはわかるけど。





「じゃぁ、勝った方がベットで寝る権利を得られる」

「……」



「負けたら、ソファーの上じゃなくて……床で寝てください」

「床?」





にかにか笑いながら口に手を当てて、また一言。





「はい。地べたに」

「………やだよ」



「あら……?怖いんですか?」

「なんでだよ」



「負けるのが怖いのかと……てっきり?」





少し上目遣い。





「わかったよ。仮にも客だ」

「……正真正銘の客です。言う事を聞いてください」



「……」



「よーい、ドン!」

「あ!」





少女は走り出した。





髪が右に、左にゆれている。

高めのブーツを履いていたためか、走り方はどこかぎこちない。

もう10メートルほどの距離があった。



次の曲がり角を曲がってしまうと、彼女は見えなくなってしまう。

急に体が動いた。





一瞬で菜蘭に追いついた。

それに気がついた菜蘭はさらに加速する。



一度追い越されて、また追い越す。

するとまた追い越されて、また追い越す。

しばらくその繰り返し。





こんなにも家路を急いだ事はなかった。







角を曲がると、すぐに三角形の建物が見えた。

俺と菜蘭は思いっきり腕を振って走りつづけた。

菜蘭もよくあの靴で走れたと思う。





家の真下に来た時、俺は菜蘭の一歩前に出ていた。

さすがに箱入り娘には限界だったらしい。

いそいでエレベーターのボタンを押す。



エレベーターが1階に到着。

それと同時に菜蘭も俺に追いつく。





二人同時にエレベーターに飛び乗る。

息を切らしてエレベーターの壁にもたれかかる。



俺は左隅のほうに。

菜蘭は右隅の壁に。





「はぁ……はぁ……」



「……お前……やるな……」

「私は……『お前』じゃないです……」



「うるせぇ」

「……ハァ……ハァ……」





エレベーターの中。

ガラスのドアの向こう側の景色はどんどん変わっていく。

二人で息を切らしながらの会話はおかしかった。

今度は菜蘭の顔をみながらの会話。



「よっし……」



エレベーターが三階を通り過ぎたとき、俺はドアの前に進み出た。

エレベーターから部屋へは一本道。



スタートが肝心だ。





「あっ……ずるい……」

菜蘭は負けじと俺の隣にならんだ。

背丈の差があり、菜蘭は俺を見上げる形になった。

本当にずるいと思ったらしく、にらんでくる。



その鋭い目に、俺は体が動かなくなった。

……「鋭い目」のせいではないかもしれない……







「……チン♪」



機械的な音を出して開くドア。



40センチほど開いたところで、菜蘭が走り出した。

狭い入り口だったためか…

菜蘭の細くて長い髪が俺の腕に触れた。

俺は完全に動かなくなった。





動けなくなった。







菜蘭は狭い道を走り、もう部屋につきそうだった。

俺が走っていない事に気づいていない。

あと三メートルで部屋に着く。



エレベーターのドアが閉まりそうになる。

あわててドアをこじ開けて、外に出た。

それと同時に、菜蘭は俺の部屋のドアにタッチ。

菜蘭の急いでいた時間も、やっと止まった。





静寂が訪れた。





俺は歩き出した。

部屋に向かって……



いや……







彼女に向かってかもしれない。





あと5メートルといったところで、菜蘭がこちらに気がついた。

少し笑って、『私の勝ち』と言っているかのように目を輝かせた。



しかしその目は俺との距離が1メートルまで近づいた時に、変わった。

少し目を大きくして、びっくりしたように…





しかし、唇は怖がってはいなかった。

俺から初めて彼女に触れた瞬間。



それが唇だっただけ。







別に理由などいらない。

ただ、そうしたかったから。













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第8話。
ん……どうなんでしょう。こんな男。

初花





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