はじまり
白いリビングルーム。清潔感が漂っている。
この清潔感は・・・なんとなく、夏彦の香りがした。
夏彦、潔癖症っぽいからなぁ・・・
「座って座って」
たっつんさんが、相変わらず軽いノリで誘導。
私はありがとう、といって腰を下ろした。
「さて。この家に来たからには守ってもらわなきゃいけないことがあるの」
「はい」
実さんも着席し、改まったように私を見据えた。
まっすぐとした、迷いのない瞳。
すいこまれそうに真っ黒な目だった。
「まぁ・・・この紙にほとんど書いてあるから。全部目通しといて」
「あ・・・わかりました」
実さんはA4紙を私に手渡し、読んでっと言うように目配せした。
さっと目を通してみると、家事の分担とか、プライバシーのこととか。きっちり書いてある。私が来るって知ったからかいてくれたのかな?
だとしたら、ほんとにやさしいというか・・・面白い人たちだ。
そして、一番下にあった文字。私は思わず聞いてしまった。
「家訓・・・『人として生きよ』??」
「そう、ウチの家訓。人として、最低限の一般常識を持って生活してってこと」
「つまり、実はニートが嫌いなわけ。働かない、学ばないやつは出てけってよ。自分の家でもないくせに」
「人として・・・ですか」
「春さんなら大丈夫ですよ!大学だって通ってるし、モデルだってしてるわけですから」
夏彦が始めて口を挟んむ。
私の中で、夏彦の言葉と、『人として』がぐわんぐわん駆け巡った感じがした。
人として・・・生きるか。
「わかりました。守ります」
「よっし。じゃぁ・・・ちょっと早いけど、ご飯作りはじめよっかな」
「あ、じゃぁ私もてつだ・・・」
そういって立ち上がろうとしたとき、たっつんさんが私の腕をつかんだ。
「まぁまぁ、今日はゆっくりしなよ。食事係は実って決まってんだから」
「そうですよ。今日はゆっくり・・・あ、お部屋に案内しますよ!ほらっ」
「え・・・いいのかな」
実さんをちらっとみると・・・
「いいよ。自分の部屋みてきて。明日からたーっぷり働いてもらうから」
なべを片手に、二カっと笑った実さん。
その姿は、昭和の肝っ玉お母ちゃんみたい。
私のお母さんはこんな感じじゃなかったけど、経験したことはなかったけど。
なんだか懐かしい気分になった。
私は、はいっと返事をして、夏彦とたっつんの後についていく。
そして、改めて今いる自分の部屋を見つめてみる。
広めのリビングに、扉がつあって、そのうちのひとつの扉を開ける夏彦。
ここが、私の部屋・・・
「んー・・・ちょっと僕の部屋より狭いんですけど」
「まぁ、ここは一応夏彦の家だからな。早い者順ってわけだ」
でも、狭いって言ったって、8畳はある。すごい!
こんな部屋に、2万五千円?!
すごいって!
「い、いいんですか?!こんな素敵なお部屋!」
「気に入っていただけました?」
「そんな・・・すごいうれしい」
「よかったなぁ、夏彦!気に入ってもらえて!」
「はい、よかったです!!」
って、夏彦が喜んでるよ。普通はいい部屋紹介してくれた私が喜ぶ方なのに。
夏彦は、本当に些細なことでも幸せそうな顔をする。
人間って、こういう人に惹かれるんだなぁ・・・なんて一瞬思ってしまった。
「じゃ、荷物とか出し終わったら言ってな」
「はい!わかりました」
「あ、敬語は使わなくていいよー。これから一緒に暮らす仲なんだし」
「そうですよ!家族になるわけですから」
そういう夏彦も、私に対して敬語を使ってる。
素で敬語使う人。始めてあったかもしれない。
「じゃぁ、徐々に崩していきます〜・・・」
「うん、そうして。じゃッ」
そういって、たっつんと夏彦は部屋を出て行った。
その姿を最後まで見送って、「フン」っと鼻からやる気がこぼれる。
よっし。
「新しい生活が始まる・・・!」
いつのまにか、あの三人の中に入って、ずっと一緒に暮らす自分を想像していた。
それが、最初から決まっていたみたいに。いわゆる運命ってやつだと思ってた。
だけど、やっぱり世の中そんなにうまくはいかなかったんだ。
こんなによくしてくれる人がいる。
でも、いいことばかりじゃない。
一緒に暮らすってことは、ある一線を越えなきゃいけないのか。
どうしても、伝えなくちゃいけなかったのか。
『人として』
私は、生きられるのだろうか--------------
2006,06,17.
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