白い部屋での会議





白く、広いリビングには誰もいない。
リビングにつながるドアはちょうど5つあり、そのうち4つには鍵がつけられている。
部屋のいたるところにタバコと灰皿がおいてあり、空気清浄機もそれにまけないほど置かれている。
しかしそのこぎれいな部屋に、人影はない。








しばらくして、五つのうち三つのドアが同時に開く。

「最近の昼ドラは甘っちょろいのよ。昔はもうちょっとパンチの効いたやつが・・・」

そういいながら一番左のドアから出てきたのは、髪の毛を後ろにきつく縛り、黒いタートルネックを着た女、秋田実。
その髪はチリチリで、複雑に絡み合ったパーマ。新聞を丸めて肩をポンポンとたたきながらの登場だ。




「あぁもう・・・ったくこれだから子供は嫌いなんだ」

そして実と同時に真ん中のドアから出てきたのは、長い緩めの髪をし、白衣を着た男、冬条竜樹。
その前髪はかわいらしいピンクのゴムでまとめられている。携帯をにらみつけながら登場。



「おかしいな・・・なんでいっつもこう・・・」

最後の右のドアから出てきたのは、髪の毛が全体的に右寄りにはねている、ご存知水無月夏彦。
目を細くして、あたりをきょろきょろ見回しながらの登場。





三人はそれぞれにぶつくさ言いながら、それがさも当たり前だというように、リビングの真ん中にある大きなテーブルの周りに座った。
そしてまた一斉に「はぁ」とため息をつき、互いに顔を見合わせた。

秋田実が口を開く。

「今、昼ドラ見終わったとこ。新しいの始まったけどさ、最悪。どろどろ感がないのよ、どろどろが」
「お前昼間っからそんなもん見てますますババアに近づくぞ」

携帯から目も離さず返事をしたのは、みのりの幼馴染の白衣男、冬条竜樹。

「あんたねぇ。昼やってるから昼ドラなんでしょ。夜やってたら普通のドラマじゃん、ねえ?夏彦」

「えっ?あぁ、はい、そうですね」

いきなり話を振られた夏彦は目を細くして実を確認しながら答える。

「なんなのよ、その目つき。この私にけんか売ってんの?」
「そ、そんな!滅相もないですよ!!実は・・・」

夏彦が言いかけたとき、竜樹が大声を上げた。


「あーっ!むかつく!!マセガキほど嫌いなものはないっ!!」

話をさえぎった竜樹は、携帯をクッションめがけて投げつける。

「どうしたのよ」
「学校のガキだ。小6のバカ女。今度デートしようとかぬかしやがって。俺とデートするなんて100年はえーんだよ」

「あんたねぇ、100年たったらその子しわくちゃになってるわよ」
「・・・小6よりましだろ」

「あっらぁ〜あんたロリコンだけかと思ったら熟女趣味だったの」
「ちげぇよ!!・・・あぁもうむかつく!!!」

「そんなに怒ることないでしょ。・・・で、あんたはどうしちゃったのよ夏彦」




その間ずっとあたりをきょろきょろしていた夏彦は、急に顔を上げる。
やっと自分の話す出番が来た、というように。



「はい、メガネをなくしちゃって。今朝はずして、どこにおいたのか・・・」
「あんたそれ何度目だと思ってんのよ。いい加減学習しなさいよね」
「すいません・・・でもないんです」

「バカになに言ったってどうしようもねーよ。どうせ洗面所かなんかに置きっぱなしなんだろ」
「もう洗面所は見ました。でもないんです」

「じゃぁ私がもう一回見てきて、見つけたら100円ちょうだい」
「いいんですか?!お願いします!!」
「約束ね」

実は洗面所へトタトタと歩いていった。それをニコニコと見送る夏彦と、怪訝な顔をした竜樹。





「お前バカだろ。自分でもっかい確認しに行きゃいいじゃねーか」
「でも、統計上、実さんが探しに行ったほうが見つかる確立がすごく高いんですよ」

「統計ってお前・・・3、4回の結果だろ、それ」
「まぁ、そうですけど」





するとすぐにまた実が顔を出す。
黒い縁のメガネをかけながら堂々たる登場だ。

「あ!メガネ!やっぱりあったんですね!!」
「ふん。やっぱり洗濯機の裏にあったわ。前の前の前も、裏にあったもんね」

「よかった!ありがとうございます」
「はい、100円。ちょーだいね」
「はい!よろこんで!!」



メガネを受け取りながら、夏彦は満面の笑みで自分の部屋へ戻っていった。






「おまえなぁ、夏彦がバカだからってそんなにいじめんなよ。バカなんだから」
「バカバカうるさいわね。夏彦が喜んでるんだからいいじゃない」
「それに100円なんてケチケチしてるし。タバコだって酒だって買えやしねえ」

そういいながら白衣のポケットからタバコを取り出す竜樹。

「ちりも積もれば何とやらでしょ」
「山となる」
「そう、それ」

カチャっとドアが開いて、夏彦が戻ってくる。小銭入れと、ファイルに入った書類をもって。
夏彦は、竜樹がタバコをすっているのを見ると、急に目の色を変えた。

「ちょっと竜樹さん!リビングでの喫煙は禁止って言ったでしょう!吸うんならそこの空気清浄機の前で吸ってください!」
「あぁ、わりぃわりぃ・・・」

「夏彦〜100円!」
「あ、はい。只今・・・」

ガチャガチャと小銭入れを引っ掻き回す夏彦。その姿はやはり小動物のようだった。

「あの・・・50円玉2枚でいいですか?」
「えーっなにそれ。100円玉ないの?」

「はい・・・あとは500円玉しか」
「じゃぁ500円でいいよ」

「それはダメです」
「ちぇーっ・・・じゃぁ今回はいいよ」


ふてくされる実をよそに、夏彦は思い出したように緑のクリアファイルをテーブルに置いた。
クリアファイルから書類を何枚か取り出し、軽く微笑みながら。

「ちょっと。仕事なら自分の部屋でやりなさいよ」
「違います。ちょっと相談ごとがありまして」
「相談ごと?」

竜樹と実は顔を見合わせて、夏彦をじっと見つめる。
夏彦は資料をテーブルいっぱいに広げてから、二人の目を見た。

「この前のお客さんの資料です」
「・・・それが?」

「はい、彼女、小林春さんって言うそうで」
「・・・うん」

「20歳だそうです!」



実はどういう反応をしていいのかわからずに、ただ眉をひん曲げた。
竜樹も空気清浄機の近くでプカプカとタバコをふかすだけだった。



「で?」
「で、彼女、婚約を急に解消されちゃったみたいで、キャンセルしに、今日店に来たんですよ」
「うん」

「それで、彼女は元婚約者の家に住んでたらしいんですけど、そういう事情で、追い出されちゃったんですって」
「ふーん」



「今は、友達の家を転々としているそうです」

「で、なにが言いたいの?」







「彼女・・・ウチに来たらどうかなって思って」


一瞬、この家の空気だとか、隙間風だとかが止まったようだった。
実は夏彦の言葉の一語一語を再確認し始め、竜樹は危うくタバコを落としそうになった。




「正気?」
「え?はい」

「あんた・・・ホントにバカだね」
「なんでですか」

「そんな・・・見ず知らずのお嬢さんを?!こんな野生のジャングルに?!有り得ないって!」
「なんですか、ジャングルって」


「猛獣が一匹紛れ込んでるでしょ!ここに!」


竜樹を指差しながら実が吠える。


「おっお前!誰が猛獣だよ!!お前のほうがよっぽどおっかねえから!」
「獣は黙ってな!!・・・とにかくダメダメ!そんな知らない人!!」


「知らないわけじゃないですよ。ちゃんとお話もしたし」
「お話したのはあんただけでしょ!」



「だって彼女すごく困ってましたよ。お友達の家を転々と・・・って、結構限界ってものがあるんじゃないですかね?」
「知らないわよそんなの。その子が勝手に婚約解消されちゃったんでしょ。実家にでも帰るんじゃないの?」


「それだったら婚約解消されたときにまっすぐ実家に帰ってますよ。きっと帰るに帰れないんですよ」
「そうかもしれないけどね、でもホントに・・・見ず知らずの人を・・・」






段々と落ち着いてきた竜樹はタバコを口にくわえながらテーブルの上の書類に手を伸ばす。

「小林春?ハタチってことは・・・学生?」
「はい。大学行きながら、モデルもやってるって言ってました」

「モデル?!マジで?!」
「はい。”Magical Rose”の・・・」

「へぇ〜!モデルかぁ・・・スタイルいいの?」
「はい。足長かったし・・・細身で。かわいい方でしたよ」
「へぇ〜・・・ハタチの女子大生で、モデル・・・」

猛獣共が興奮して吠えあっているのを横目で見ながら、秋田実は腕を組んで、その二匹をにらみつけていた。

「とにかくダメよ。彼女には彼女の生き方ってのがあるんだから」
「なんでですかぁ・・・」








「ちょっとまて、実」




腕を組みながら書類を眺めていた竜樹が鋭く言う。

「なによ」
「よーく考えてみろ。お前にとってもいい話のはずだ」
「どこが」



「この家、もともと1ヶ月10万円の家賃だ・・・」
「・・・うん」

「今は3人で均等に割り勘で33333円。それが四人に増えたらいくらになる?」
「・・・」



「10万÷4人で・・・二万五千円ですね」

夏彦が口を挟む。



「毎月3万3千払ってたのが、2万5千になる・・・いくら浮く?」


「3万3千−2万5千で・・・8千円浮きます」

また夏彦が計算する。






「毎月8千円をこつこつためて、それを一年間続けると・・・どうなる?」
「・・・」

「8千×12ヶ月で、9万6千円です」




「約10万円だ。その金で、もしかしたらディズニーランドのホテルに2泊できるかもしれないぞ・・・」





「・・・なるほどね」





竜樹の巧みな話術に、実は目の色を変えて夏彦に堂々と言う。



「まぁ、私が言いたかったのは、相手の都合がっていうことなのよ」
「えっ!と、いうことは・・・実さん!」

「あっちが迷惑じゃなければ・・・いいんじゃない?部屋もちょうどひとつ空いてるし」
「やった!いいんですね!!」

「あっちが困ってたら、よ?路頭に迷ってたらだからね」
「わかりました!じゃぁ今すぐ連絡してみますね!」

「えぇッ?!今?!」
「はい!もしかしたら今、困ってるかもしれないし」
「いいぞ!夏彦!お前にしちゃ大胆すぎる行動だよ。掛けてみ、掛けてみ!」
「はいッ」

そういうと夏彦はジーンズのポケットから携帯を引っ張り出し、資料から”電話番号”を見つけて、興奮気味にボタンを押した。

呼び出し音が続き、白いリビングに緊張した空気が流れた。





実は横目で事態を落ち着いた目で見ようと努力し、竜樹はといえば、夏彦の携帯に耳を近づけようと格闘している。




『ガサガサッ』という音がして、電話がつながった。
夏彦が目を大きく見開いたので、実にも竜樹にもそれがわかったようだった。




『もしもし?』




電話の向こうで、何も知らない、小林春がその声を出した。






2006,06,17.



  
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