ありえない着信







「ごめんね、春。急に彼が帰ってくるなんて言い出して」
「いいのいいの。こっちがお願いして上がり込んでたんだから。こっちこそごめんね」

「でも大丈夫?アテでもあるの?」
「んー……なんとかなるよ。大丈夫」


ふぅ、と私の目の前でため息をつく女の子。
ショートカットの髪をふわふわにカールして、ぱっちりナチュラルメイクの沙耶。
実は私、小林春の仕事の同僚。つまり、モデル仲間の沙耶ちゃん。


「それにしてもさ、本当に実家には帰らないの?」
「無理だよ、今さら。ってゆーか沙耶!彼氏帰ってきちゃうよ?私の心配なんかしてないで!早く部屋掃除しなきゃ」

「またそうやって話そらすー!ほんっとうに今日泊まるところ、大丈夫なんでしょうね?」
「大丈夫だってば。もう子供じゃないんだから。元カレの家にでも戻るかなッ」


私は思いっきり引きつった笑顔をしてしまった。
やっぱりまだ彼のことを口にするのは無理だったのかな……
沙耶もちょっと空気がおいしくなさそうな顔。
うわ……最悪だ。墓穴掘った。


「まぁ……そこまでいうなら。でも困ったらいつでも連絡ちょうだい」
「うん、ありがと」

「じゃぁ」
「うん、またね」




そういうと私は小さめのトランクをグイッと引いて、沙耶のマンションを後にした。
沙耶は不安そうに私の姿が見えなくなるまで見守っていたようだったけど、私が角を曲がったとき、ドアのしまる音がした。
まったく、よくできた親友だと思う。沙耶がいなかったら、今の私はなかったなんて、今更ながら思った。





婚約者に逃げられて、住むところもお金もほとんどない状態。
上京する前にバイトで貯めたお金がまだ残っているけど、お給料が入らない限り足が地に着かない状態だ。

早く住むところを決めて、落ち着くとこに落ち着いて、仕事しなきゃ。
あ、そういえば私大学生だったっけ。勉強もしなきゃいけないし。







私はトランクをガラガラと引きずりながら、沙耶のマンションの近くの公園に入った。
真昼の公園のベンチでトランク片手にぼーっとする女子大生。
なーんかかなり終わってるな、私。

こんなことするために東京に来たんだっけ?
なんもかんも急ぎすぎたみたい。無計画。
自業自得だ。あぁもう……やだ。



とりあえず今日の寝床は確保しなきゃいけない。
「元カレのとこにでもいくかな」なんて軽く言ってたけど、そんなの出来るはずない。
彼のところに行くくらいなら、この公園で野宿した方がマシだ。





携帯を開いて、アドレス帳を確認。
ありったけの東京の友達の名前を探してみる。

美和……だめだ。最近同棲はじめたから行けるわけない。
和ちゃん……この子もダメ。超狭いアパートだし、迷惑だよね。
沙織さん……やさしい先輩だけど、やっぱりお世話になるわけにはいかない。



あぁ……私って友達少ないのかも……




一通りアドレス帳を見終わる。
後は地元の友達ばっかりだし、男友達だったり……

はぁ……絶望的だ。







そんなことを思っていたら、いきなり携帯が震えだした。
びっくりして液晶を見てみると、そこには信じられない文字。



「R&G」



R&Gといえば……新人夏彦!?
えッ?!何何?なんの用?

もしかして結婚式の件で??やだ……どうしよう。キャンセルダメになったとか?

おそるおそる、電話に出てみる。


「もしもし?」

「あっ!出たッ」


でッ、出た?
お客様に対して……出た?!

「もしもし?あの……水無月さんですか?」
「あ、はい!そうです!えっと、先日はどうも!」

「いいえ。えっと……どうしたんですか?」
「あ、はい。あの、今どこにいますか?」

「今……ですか?公園のベンチに」


夏彦……なにを言おうとしてんの?


「その……お困りだったりします?」
「え?」

「だからその……ウチに来ませんか?」
「は?」


え……意味わかんないんだけど。
えっ……待って待って。ウチって……新人夏彦んち?


私がくるくる混乱していると、受話器の向こうから別の声が聞こえた。




『ちょっ……貸せよ!いいから、俺が言う!』


がさごそという音がして、夏彦の声が変わった。


「はーいどうも♪春ちゃんだっけ?初めましてー」
「あ、はい?!初めましてッ」

「あ、俺は冬条竜樹って言います〜よろしくね」
「はい……よろしくお願いします」



ってなにこの人。なんなのこの電話。
なに私初対面の人に挨拶しちゃってんの?


「えっとねー実は俺夏彦のお友達なんだけど、春ちゃんが住むところがなくて困ってるっていうのを聞いちゃってさ」
「え?」

「それでものは相談なんだけどさ、もし今困ってたりしたら俺らん家に来ないかなー?と思って」
「はぁ」

「あ、大丈夫大丈夫。男2人じゃなくて、もう一人いるから。時代遅れのババアが」


受話器の奥で、ドゴンという鈍い音がした。


「ッタァ!!なにすんだよ実!」
「あの……?」

「あぁ、ごめんごめん。えっと、今どうなの?住むとこなくて困ってない?」
「あ……えっと、そうですね」



受話器の奥がしん……となったのを感じた。
これって……まじなの?



「実は……すごい困ってたりします」



私が『困ってたり』と言ったあたりで、受話器の向こうがわーっとうるさくなった。
『っしゃぁぁ!!』『やったー!!家賃!家賃!!!』『奇跡だ!奇跡だ!!やった!!!』
電話の先……一体何人いるんだよって思ってしまった。


「じゃぁ、じゃぁ!夏彦の店に行って!今から俺ら迎えにいくから」
「えっ……?!ちょ、ちょっと!本気ですか?!」

「うん!まじ本気!じゃぁ今すぐ行くから!俺と夏彦が行っちゃうから!」
「えぇっ……ちょっと、まってくださ……」


あ。切れた。切れちゃった。
どうしよう、どうしよう!あんな約束しちゃった!

夏彦……確かに最初の人は夏彦の声だったよね?変な人じゃないよね?
夏彦だったらきっと良い人だと思うし……その友達なら大丈夫?

なにより……今日泊まるところが本当にない。
もし大丈夫だったらお世話になっちゃいたいけど……でも変な人に売られたりしないかな?!
大丈夫かな?!夏彦信じちゃっていいのかな?!



とかなんとか、いろんな私が脳内会議だ。
また混乱してくるくるしてきた。
ヤバいよ!誰かたすけて……!!

……でも、脳内の奥の方で小さな私は確かにぼそっと言ったのだ。


「夏彦にもう一回会ってみたい」って。











そんなこんなで足は自然と動いて夏彦の店、「R&G」に来てしまった。
え……これマジでヤバくない?来ちゃったよ、私。
なに期待してんだろ。あり得ない!あり得ないってば!!


「あ!春さん!」


懐かしい声がして、私は振り返った。
見ると、そこには夏彦。そして横には……


「オーッ!すげぇ、本当に来たよ!!」


そういったのは緩いウェーブの茶髪の男。
夏彦より頭半個ぶん背が高くて、ワイシャツに黒いズボン。
一見軽そうに見えるけど……あ、この声ってもしかして……



「あ、さっきの冬条さんですか?」
「そうそう。冬条竜樹、27歳。”たっつん”って呼んでね」

「た、たっつんですか」
「そうそう……ヘーっやっぱモデルだけあって可愛いね!」

「えっ?いや……そんなことは」

って見た目通りじゃん。すっごい軽い。
でも顔はすっごいかっこいい。なにやってる人なんだろう。


それより、ぽーっとしてる場合じゃない。ついに夏彦に再会しちゃったけど。
これからどうするか。東京は怖いところなんだから、ちゃんとこの人たちを見極めなきゃ。
って、沙耶が言ってたのを思い出した。


「あ、水無月さん。あの……本当にいいんですか?」
「はい!全然大丈夫ですよ。丁度部屋が一つ開いてるんです。
実はキャンセルにいらっしゃった時に誘ってみようかと思ったんですけど」


私は夏彦の部下が入ってきて夏彦との会話が中断されたのを想い出した。
たしか夏彦はなにか言いかけてたっけ。


「じゃぁ……今晩だけでも良いんでお願いします」
「いやいやぁ。今晩だけと言わず、ずーっと仲良くやっていこうよ!住んじゃえ?もう」

「それは無理ですよ!そんなご迷惑な……」
「あ、でもただでとは言わないよ?住むんだったら家賃は入れてもらうし?」


たっつんさんは相変わらず軽いノリで話し続ける。


「それに、もし住むことになったら家賃はたったの2万5千でいいんですよ。
一ヶ月10万円の貸し家なんですけど、4人で住んでるから四分の一でよくて」
「えっ?!2万5千円?!」

「そうなんです。だから迷惑なんてとんでもない!
しかも部屋はそれぞれあるし、鍵もちゃんとついてるからプライバシーもばっちりですから」
「……なるほど」


もし、もしこれが本当に本当だったらすごい良い話だ。
信じちゃっていいと思う?
良い人たちだと思う?



「さ!そうと決まれば早く行こう。ほら!春!」
「あっ」


そういうと"たっつん"は私の手をぎゅっと握って、走り出した。
私はびっくりして、たっつんのひっぱられるがまま。
トランクも置いてけぼりで、走り出した。

私の手を握ったたっつんの手はすっごい温かかった。
そして、私の後ろから一生懸命トランクを引っ張ってきてくれる夏彦も笑ってた。

なんだかちょっとだけ、この人たちの温かさが伝わってきた。
冷たいと思っていた東京に、一筋の光が見えてきたようだ。



とても温かい、心地よい風も、私の髪を楽しそうにゆらしていた。











2006,06,17.



  
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