第9話




「……明日…か。」



私はカレンダーに目をやった。
夏乃が帰ってくるのは明日。
カレンダーに丸い印がついている。






一人分のコーヒーを入れる。
昨日はわざと二人分用意したけど、
ばからしくなって今日はやめた。







外で鳥が鳴いている。
その音しかしない。
寂しい空間だった。



ラジオを付ける。
まだ夏乃の好きなラジオ番組は始まってないけど。
寂しい空間を埋めるにはこれで充分だった。









朝9時。

私は朝ご飯を食べ終え、食器を流しに持っていった。
目玉焼きの黄身がまだ残っているお皿を、静かに水にくぐらせる。







そのとき。
インターホンが鳴った。




「は〜い…」







心の中で「夏乃」かもしれないと、なんの根拠もない期待をしながら、
私は急いで玄関へ向かう。

そんなことあるわけがないのに。








「はい。」



かちゃ…



ドアを開けると…そこには…


「はじめまして。」





ぱりっとしたスーツを着た美人。
パジャマ姿の自分が恥ずかしい。
髪をきつく上の方でおだんごにして、いかにもキャリアウーマンってかんじ。




「あの…どちら様でしょうか。」

「はい。私、秘書の松山と申します。」

「え…」
「社長の秘書を勤めさせて頂いております。朝早くに申し訳ございません。」
「い、いえ……えっと…あ、どうぞ。中に。」
「はい。失礼します。」



コツ、コツとヒールの音。
ペタ、ペタっという私のサンダル。



















「…あの…粗茶ですが…」
「おかまいなく。」




やけに緊張する。
一応昨日掃除しといたし…
あ、でもまだパジャマだ私…




「あの…今日は…どういったご用件で?」

妙な日本語になってしまった。


「はい。昨日、京都で大切な会議があったのはご存知ですね?」
「え…あ、はい。」


ギク。


「…奥様、会議中に社長にお電話を?」
「…………はい。しました。」
「…誠に申し上げにくい事なのですが…あの電話がなければ、会議は上手く、我が社にとって、社長にとってよい方向に行われていたはずでした。」

「…………………。」

「あの会議が成功すれば、以前のように…安定した経営…営業ができたはずでした。」

「…………………」

「でも……」



「……………………。」

「あの電話があった事によって、会議は……社長は…」


急に秘書さんが顔を伏せた。


「あの…」
「…とにかく…このままでは…このままでは社長は社長でなくなってしまいます…!」
「……。」



「あ…あなたのせいで…!!」









え…




「私の…せい…?」




「あなたが…あなたがあんな電話しなければ…」

「……………」

「あなたはわかっていたはずです!あの会議がどれだけ大切な会議か!どうして…なんであのとき電話なんてしたのよ?!」

「……っ」

「どうせくだらないことだったんでしょ?!わかるのよそれくらい!こんな時間になっても髪の毛も整えてないしパジャマ姿な女の考えることなんて!!」

「………………」

「こ…こんな女が…社長と釣り合うとでも思ってるの?!」

「………………」




「社長が…かわいそうだわ…」






夏乃の秘書は涙を流しながら言った。










「……とにかくこの責任は取ってもらいます…」
「………………」





「夏乃さんと別れてください。」



「……!!」



「それくらいの事は当然です。この期に及んでまた一緒に暮らせるなんて…そんなむしのいいことゆるされません。」
「…………ちょっとまっ…」
「社長は明日、この時間にご自宅に戻られる予定です。」
「…………」
「それまでにここを出る準備、離婚届を用意をしてください。」
「………………」
「それでは…私はこれで失礼します。」




コツコツというハイヒールの音の後に、
バタンというドアが閉まる音。





そして、静寂。







後に残ったのは鳥の声。
それと、ラジオの音。



寂しい空間だった。













今度ばかりは埋まりきらなかったこの空間。
ぼろぼろとこぼれ落ちる涙を止める事ができない。
もう止まる事のないこの歯車。



もう…誰にも止められなかった。






















 

 

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